「ご機嫌いかがですかな、香也子嬢」

「ご機嫌いかがですかな、香也子嬢」
不意に従兄の小山田整の声がした。
「つまんないわよ」
香也子は少しも驚かない表情で、ゆっくりとふり返った。
「君が、つまんないと退屈してる間も、この地上では、一分間にどれほどのできごとが起こっているか、知っているかね」
体格のいい整は、ピンクと白の縞のワイシャツの袖をたくしあげて、逞しい腕をむき出しにしている。
「またはじまった、整さんったら」
整は突如として現れ、突如として妙なことをいいだす。
「いいかい、香也子。この一分間にだよ、流れ星が、実に六千個も地球に落ちてきているんだ」
どうだ、驚いたろう、といわんばかりの顔に、
「まあ! 六千個も」
香也子は驚いて目を見張る。かわいい童女の顔になっている。
鳶が、頭上でのどかに啼きながら、すべるように沢のほうに降りて行った。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 二」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 思わず立ちあがった橋宮容一は、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる香也子に、一瞬弱々しい微笑を向けた。が、香也子は、唇をキュッと閉じ、容一と恵理子を無視して、テーブルに近づいてきた。

  2. 「いつかねえ、旭山で恵理子のきもの姿を見たよ。いい娘になったね」 「…………」 「どうだね、一度お父さんと食事でもしないかね」 「……ハイ……でも」

  3. 「少し白髪が……」と、保子はやさしく容一を眺めた。

  4. 店内はひっそりとして客が二組ほどしかなかった。ま昼のせいだろう。容一、保子、恵理子の三人が、いちばん隅の席に向かい合っていた。 「いい娘になったねえ。まったくいい娘になった」

  5. 十二畳の居間に、母の保子はテレビを見ていた。

  6. 八歳のころから、母が家を出て行くまでの二年ほど、香也子は祖母のツネに茶を習ったことがある。