「あら、そう。まだ恋人ってわけじゃないの。そうなの」

「あら、そう。まだ恋人ってわけじゃないの。そうなの」
不意に香也子は笑いだし、
「金井さんて、どんな方かしら。わたしにも紹介してね」
と、甘えるように、章子と扶代を見た。
「もちろんよ」
章子はうなずいた。
「ごめんなさいね、章子さん。馬子にも衣装だなんて。わたし、ちょっと怒ってたもんだから。ほんとはよく似合うわよ」
香也子は愛らしく首を傾けて見せる。ひどく素直な表情だ。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 二」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 容一がそういったとき、幼い頃、散歩に手を引いてくれた父の手の感触が、ふっと思い出された。

  2. 扶代と章子の手を引いて、あわてて逃げ出す容一を、 「お父さん!」 と呼んだ香也子の声は、かん高かった。

  3. 香也子は父の手をふり払って、ふくさをつけている和服姿の中年の女にいった。

  4. 八歳のころから、母が家を出て行くまでの二年ほど、香也子は祖母のツネに茶を習ったことがある。

  5. 「香也子よ!」 保子は母のツネにささやいた。

  6. 三百坪ほどの広い庭は、なだらかに傾斜しつつ、沢の端に至っている。