香也子は椅子ごと、ぐいと扶代と章子のほうを向いた。

香也子は椅子ごと、ぐいと扶代と章子のほうを向いた。
「ひどいわ、小母さんも章子さんも」
「あら、何のこと? 香也ちゃん」
扶代は驚いて香也子を見る。
「だってそうじゃない。同じ屋根の下に、わたしだって住んでるのよ。それなのに、いままで一度だって、彼氏ができたなんて、わたしに教えてくれたことないわ。そして、今日急に、この家につれてきますなんていわれたって……」
ぽんと容一がズボンの膝を叩いた。
「なあるほど。それで機嫌が悪かったんだね、香也子は」
「そうよ、わが子の機嫌のわるいのが何の原因かわからないなんて、お父さんも鈍感ね」

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 二」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. が、近ごろは、なぜか時おり父がふと懐かしくなる。

  2. 香也子は今朝、新聞をひらき、そこに、五、六行の小さな記事を見て胸をとどろかせた。

  3. 沢を隔てた向かいの山が、日一日と鮮やかな芽吹きを見せてきている。

  4. 「その、なんだ。敵がいるんだよ、敵が」 「てきですって?」

  5. 襖があいた。ふとったおかみが、 「社長さん、焼けぼっくいに火ですか」 と、銚子をテーブルに置いた。

  6. 香也子の、継母を母と呼ばず、そのつれ子の章子を姉と呼ばぬ心情は、単なる継母や義姉への抵抗だけではなかった。