香也子は椅子ごと、ぐいと扶代と章子のほうを向いた。
「ひどいわ、小母さんも章子さんも」
「あら、何のこと? 香也ちゃん」
扶代は驚いて香也子を見る。
「だってそうじゃない。同じ屋根の下に、わたしだって住んでるのよ。それなのに、いままで一度だって、彼氏ができたなんて、わたしに教えてくれたことないわ。そして、今日急に、この家につれてきますなんていわれたって……」
ぽんと容一がズボンの膝を叩いた。
「なあるほど。それで機嫌が悪かったんだね、香也子は」
「そうよ、わが子の機嫌のわるいのが何の原因かわからないなんて、お父さんも鈍感ね」
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 二」
『果て遠き丘』小学館電子全集