香也子は椅子ごと、ぐいと扶代と章子のほうを向いた。

香也子は椅子ごと、ぐいと扶代と章子のほうを向いた。
「ひどいわ、小母さんも章子さんも」
「あら、何のこと? 香也ちゃん」
扶代は驚いて香也子を見る。
「だってそうじゃない。同じ屋根の下に、わたしだって住んでるのよ。それなのに、いままで一度だって、彼氏ができたなんて、わたしに教えてくれたことないわ。そして、今日急に、この家につれてきますなんていわれたって……」
ぽんと容一がズボンの膝を叩いた。
「なあるほど。それで機嫌が悪かったんだね、香也子は」
「そうよ、わが子の機嫌のわるいのが何の原因かわからないなんて、お父さんも鈍感ね」

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 二」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 「いつかねえ、旭山で恵理子のきもの姿を見たよ。いい娘になったね」 「…………」 「どうだね、一度お父さんと食事でもしないかね」 「……ハイ……でも」

  2. 青地に白の、水玉模様のこうもり傘をさして、香也子は小雨の外に出た。庭の牡丹がアララギの陰に華やかに咲いている。

  3. 「あの……わたし、いまお茶を点てていた恵理子の妹なんです」

  4. 「あら、そう。まだ恋人ってわけじゃないの。そうなの」

  5. 出稽古から帰ってきたツネのきものを、保子はたたみながら、 「ねえ、お母さん」 と、顔を向けずにいう。

  6. 容一に手首をぐいぐい引っぱられて、何十メートルか、斜面を降りた扶代と章子は、あっけにとられていた。