『井戸』 ― 痛むことのありがたさ  森下辰衛

『井戸』 ― 痛むことのありがたさ

解題
「井戸」は、1965年「オール讀物」(文藝春秋社)10月号に発表され、1969年10月25日朝日新聞社刊の中短篇小説集『病めるときも』に収録された、三浦綾子の初めての短篇小説である。1965年10月は『氷点』連載の終盤で、『ひつじが丘』の連載が始まり、さらに半年後に連載が始まる『塩狩峠』の構想が進んでいた時期であるが、この「井戸」はその事情を裏づけるかのように主人公が塩狩峠を通って旭川と名寄を往復する物語になっている。この小説の衝撃的な結末は実際にあった事件に基づいていて、三浦綾子はエッセイに計四回も繰り返し書いている。
真樹子 塩狩峠を通って、私を確かめにゆく
結婚が五月と決ったある冬の午後、真樹子は思いたって名寄の友人を訪ねることにした。十四年もの長い間、ただギブスベッドにねていただけの真樹子が、人の妻になるということ自体、真樹子にも納得いかないことであった。学校時代の友人を訪ねてみたところで、無論納得のいく問題ではない。だが旭川を離れて自分自身をたしかめたい思いが真樹子にはあった。

十四年もギプスベッドに寝ていたのに、奇跡的に癒されて近々浩二と結婚することになった主人公の真樹子は、綾子自身を、とくに綾子が夫光世と結婚する時期をモデルにしている。実際、結婚からちょうど一年経った1960年5月24日の結婚記念日、二人は名寄の友人の見舞いに行っているが、この物語では真樹子は結婚を前にして、自分を生かしたものを確かめたい思いを抱きながら、名寄への列車に乗っていた。

わがままな体の弱い年上の女を、一生の伴侶と決めた浩二がかわいそうで、真樹子は凍って外の見えない汽車の窓にバカバカと書いていた。指のぬくみで僅かにとけたバカの字の間から、樹氷の林が流れて過ぎた。

凍って外の世界が見えないほどの寒さが彼女の人生を覆っていたのに、一人のバカな男が、その愛のぬくもりで、閉ざされた彼女の人生に窓を開けてくれた。「わがままな体の弱い年上の女を、一生の伴侶と決めた」浩二の愚直さの奥にある清い美しさが、バカの字の間から見える樹氷の林に表現されている。かわいそうなほど損な道を選んで愛してくれた、その浩二の愛に感動して、真樹子は泣き出したいほどに感謝していた。
「汽車があえぎあえぎ、塩狩峠にさしかかった頃、真樹子はトイレに立」ち、加代に再会する。自分を確かめようとした真樹子は峠でもう一人の自分に出会うのだ。〈峠〉は人生の峠であり、剣が峰の分水嶺である。どっちにいくか分らない場所である。真樹子は加代のようであったかも知れないのだ。
三浦綾子にとって、塩狩峠はどんな意味があっただろうか。
『塩狩峠』の永野信夫の殉職場面には綾子自身の実感を伴った信仰の告白がある。戦争が終わる日まで堀田綾子は上へ上へと走っていた。しかし、敗戦を機に連結ははずれ、彼女は一人で思いもしない方向に暴走を始めた。誰にも止められないし滅びるしかないと思った。それでも仕方ないと思っていた。ところがその滅びへの暴走が完全に止まった。前川さんが、命がけで私を愛してくれなかったら、イエス・キリストがその命を犠牲にして私を完全に受けとめて救ってくださらなかったら、私は滅びていた。それが彼女の愛の体験だ。
「三堀峰吉」は信夫の死を見て、人格が一変したとあるが、この「三堀峰吉」という名前の「三堀」は三浦の三と旧姓の堀田の堀で出来ている。つまり綾子自身なのだ。峰とは峠であり、剣が峰だった戦後の危険な時期である。しかし、そこに吉すなわち最高の恵みと祝福があった。なぜならそこで真の愛に出会えたから。そういう名前なのだ。自分自身を確かめるための旅に出て、その峠で、もう一人の自分、もしかしたらそのようであったかも知れない自分に出会う。人格として魂として愛される愛を知らなかったら、滅びに向かって走っていた自分。それが加代でもあるだろう。
加代 嬉しいような淋しいような微笑
加代は綾子の教師時代の遺骸のような存在だ。真樹子は、寝転がってハーモニカで〈緑の地平線〉を吹く加代の人を喰ったような態度が気に入った。「面白そうな女だ。当分退屈しないだろう」と思う真樹子は、加代との間に近いものを持っている。加代と真樹子は綾子の中の隣り合わせた二つの面でもあるだろう。
加代の特徴として、くり返し「嬉しいような、淋しいような微笑」が書かれている。加代には、虚言癖があった。嘘というより作り話であって、実は加代はそれによって自分を隠しながら自分を紹介しているのだ。そのままの自分を出せない弱さのなかで、「私の姉はその日はじめて口をきいた男と心中したのよ」という作り話をしては「嬉しいような淋しいような妙に心にしみる微笑」をし、「父には妾が三人もいて、母はその一人で芸者だったのよ」という作り話をしては「例の淋しいような、嬉しいような微笑」を見せる。いずれの作り話にも、男女の愛の中に、本物の愛を求めようとして果たせない淋しさが滲んでいる。
「嬉しいような、淋しいような微笑」とは、「原罪」の淋しさにある者が、人に心を打ち明けてみようとした時の表情ではないだろうか。「原罪」の淋しさとは、愛の源である神の方を向かず神の愛から離れているゆえに感じる、愛されない淋しさと、愛せない淋しさのことだ。だから「嬉しいような、淋しいような微笑」とは、本当には愛されない淋しさと本当には愛せない淋しさを持つ者が、それゆえに人恋しくて仕方がない者が、もしかしたら心が通い合うかも知れない誰かに出会おうとしているような、ほんの僅かな期待を持っているような表情ではないだろうか。
井戸に痰を吐く
真樹子は夏休みに小樽の若竹町にある加代の家を訪ねる。父親かと思った男は伯父で、彼はいきなり「加代は親なし子でね」と言った。「旭川からわざわざ訪ねた真樹子に家に上がれともいわずに、加代は下駄をつっかけて外へ出」たとあるところからも、この家が加代にとって居づらい場所である感じが窺われる。家族に関する虚言癖の原因もここにあるのだろうか。家の横には苔むした井戸があった。

「わたしの父も母も結核で死んだのよ。わたしもこの頃体の調子が変なのよ。わたしもいつか肺病で死ぬのよ」
加代はそういって、そばの井戸にペッと痰を吐いた。
「この井戸に痰を吐くと、みんなにうつって、みんなも肺病になるわ。面白いわね」

しかし、この訪問の帰り道、真樹子は気づく。

(ああ、あの井戸は誰も使っていないんだわ)
真樹子は汽車の中で、あの井戸につるべがなかったことを思い出して、痰を吐いた加代の顔を思い浮かべた。

加代は井戸に痰を吐いてみせるのだが、この使われていない井戸は、加代自身でもあろう。井戸は汲めば汲むほど、清くおいしい水が沸いてきて人を潤すものだが、使われなくなると汚れて使えなくなってしまう。井戸はまた心の中の深くて暗い部分であり、覗き込むと自分が映る。この井戸は加代自身の渇ききった心であり、加代は自分の深みを覗き込むことをしないで唾を吐く人間だった。
また井戸は命を営む人間の生活の一つの中心で、渇きを癒し、命を養う最も大事な水を得るものだ。その井戸に痰を吐くことは、生の大元に痰を吐きかけることにほかならない。それほどに人生に対してニヒルなのだ。加代には親がいない。親も兄弟も皆肺結核で死んでいる。根底にこの家庭的な愛の喪失の苦難から来るニヒルがある。自分の人生を呪い、世界を呪う彼女は、人生の根本が病んでいるのだ。誰も迷惑する人がいないとしても、この罪は大きい。余りに的外れなのだ。命の大元に痰を吐く者は、早晩生きていられなくなってしまうだろう。
「ヨハネの福音書」4章に一人のサマリヤ人の女が登場する。井戸に水を汲みに来ていたこの女にイエスは話しかけるが、彼女は実は次々と五人の男と結婚したが全部破綻して、今は夫ではない男と生活していた。イエスはそれを指摘して言う。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」飲んでも飲んでも渇く水、それが彼女の愛欲の生活だった。サマリヤの女はキリストに出会って本当の自分の渇きを自覚した。加代も癒えることのない渇きに衝き動かされて男性を遍歴してゆく女だったが、この女のようには渇きの本質を自覚することはできなかった。
彼女は幸か不幸か、濡れたような唇や豊かな胸など男性の心を惹く体をしていた。教師として二年勤めて、受持の生徒の父と恋愛して、その妻が学校に訴えてきたので学校を辞めたが、不祥事を起して反省したという感じは全くなかった。加代はにやにやして「校長のやきもち」と言っただけだった。校長とも関係を持っていたのだ。人生をまじめに考えることができなかったのだ。

「人間ってね、愛だの何だの言ったってそんなもの信用できないのよ。人間なんて愛が長つづきしないから、世の中は身の上相談ばやりなのよ。愛なんてものがこの世にない証拠に、文学というものが繁昌してんのよ。」

指摘はなかなか鋭いものでもあるが、加代の内側がニヒリズムに激しく食い荒らされていることがわかる。
愛することが怖い
加代には中学生と高校生の娘が二人いた。子どもに干渉することが面倒だという理由で叱ることも命令することもなく育てた二人は、明るく素直に育っていて、手伝いもし、母親を信頼してもいた。夫は実直で、家業の建具製作所は繁盛し、彼女はPTAで司会したりもする賢婦人に見えた。しかし加代の布団の衿がギトギトと脂に汚れ、枕カバーも汚れているのを見た真樹子は、そこに不幸のにおいを感じる。加代は夫の野坂との結婚についてこう語った。

「(略)一目見て、ああこの男なら、人がよさそうで神経が太そうで、私が昔の恋人にせっせと手紙を書いたとしても、金輪際気のつきそうもない人間だわ。わたしの心の中まで踏みこむことのない人間だわって、そう思ったから結婚することに決めたんだもの。」

「男と女なんて肉体的に満足すればいいんだもの」と言う言葉どおり、加代には三人の愛人がいて、出入りの青年もその一人だと言う。信じられない真樹子は「加代ちゃんは空話病の傾向があるのね」と言うが、夫が出掛けるとすぐ、加代は真樹子に見せつけるかのようにその青年と本当に情事にふけった。以前は作り話をするに過ぎなかったのに、今は実際に踏み込んでしまっている加代。境界を超えてしまうと車は滅びに向って一挙に転がり始める。彼女はこうして、愛への隠された渇きを肉体の交わりによって満たそうとするのだが、遂には愛人の一人であった隣家の中学生の少年一郎に刺し殺されるという結末を迎えることになる。
しかし、こんな加代にも、深いところに一つの傷があった。
教師をしていたころ、余り年の違わない教え子、松村茂と裏山で遅くまで話しこんで、そのときに〈緑の地平線〉を二人で歌った。キスして肉体の関係になった。松村茂は結婚する気になって小樽にまで来たが、加代が野坂と結婚したために、彼女を愛した松村茂は少年航空兵になって沖縄で戦死したのだった。

「でも、あの子わたしの方でも好きだったのよ」
「好きだったら結婚すればよかったのに」
「いやだわ結婚は別よ。結婚っていうのは、それでなくてもいろいろしばられるのに、好きな男となんか一緒になったら重荷でしようがない」

人格的な交わりができない加代は、本気で愛されたり愛したりすることを恐れていた。加代には愛し方が本当には分らなかった。だから松村茂から逃げて「わたしの心の中まで踏みこむことのない」男を選んだ。彼女に家族がいなかったことは彼女の罪ではない。しかし男女の愛を感覚の楽しみとしか考えず、それ以上のものにする道を知らないのは勿論、それを試みる力さえ心にないことは、家族の愛を受けていないことと無関係ではないだろう。十字架上でイエス・キリストが「彼らをおゆるしください。何をしているのか自分で分らないのです」と祈ったという聖書の言葉は三浦綾子が繰り返し引用する箇所だが、加代に対しては「彼らは、どう愛したらいいのか分らないのです」という意味にも読み取られていたように思える。
加代はハーモニカで「緑の地平線」という曲をずっと演奏していた。作品には出てこないが、その歌詞の一番には、こうある。
なぜか忘れぬ人ゆえに 涙かくして踊る夜は
ぬれし瞳にすすり泣く リラの花さえ懷かしや
忘れられない人。多分いくつか年下の、もしかしたら、生きていたら真樹子の夫になる浩二と同じ年くらいの松村茂。「でも、あの子わたしの方でも好きだったのよ」という唯一の存在。しかし、どう愛していいか分らずに死なせてしまった人。松村茂をそこに追いやったのは自分だという自覚は、彼女に「寝覚めのよくない思い出」と言わせている。そこにはかすかな痛みがある。しかし加代はそれを本当には痛むことを知らなかった。痛むことができなかった。痛む勇気がなかった。そこにこそ、この悲劇の本質がある。
加代は結婚を間近にした真樹子に自分の堕落した姿を露悪的に見せて楽しんでいるようでもあるが、実は「助けて!」と叫んでいたのでもあろう。結核に家族を皆殺しにされた人間のニヒリズムがどうしたら癒されるのか、十四年の肺結核から生還した真樹子に、彼女を癒した愛について問うてみたい気持ち、それを知りたい心が加代には潜んでいたのだ。

君枝 痛みつづけて生きる
真樹子の旅は「自分自身をたしかめ」る旅だったが、名寄市立病院に見舞いに行った真樹子は、そこで更にもう一人の、そのようであったかも知れない自分に出会う。真樹子の友人、作間君枝は子宮癌の末期患者だった。彼女の病室には特有の悪臭が満ち、激烈な神経痛に襲われていた。君枝は真樹子に言った。

「よかったわねえ。あなた、すっかりよくなって」
(略)痛みに耐えながらも、友の全快を喜んでくれる君枝に真樹子は感動した。
「痛いんでしょう。困ったわねえ」
君枝の手を握って、真樹子はそういった。何と言ってよいか言葉がなかった。
「真樹子さん。痛いって、ありがたいことなのよ。私は癌だけれど、癌ってはじめは痛くないのよ。痛みを感じないと、自分の病気が致命的なものだってことにも気づかないんだもの。痛いっていいことなのよ」

「痛いっていいことなのよ」という、この言葉がこの小説の最大のキーワードだ。病による痛みだけでなく、罪の痛みを感じられなかったら、人は知らないうちに滅びるしかない。痛みを感じるから人は目覚め、引き返すことができる。「罪の払う値は死なり」と書いてあっても、痛くなければやめられない。加代がもっと心に痛みを感じることができていたら、悲劇には至らなかったかも知れないのだ。
痛みのない世界は恐ろしい。痛みがないときに人間は人間の形を失ってゆくのではないか。クリスチャンになったんだから、もう悩んじゃいけない、苦しんじゃいけないというようなことを言うのを聞くことがある。そして、痛む人が裁かれたりすることもある。しかし、自分の痛みにも他者の痛みにもより敏感になってゆくのでなければ、クリスチャンになることは人間であることから落ちてゆくことになってしまわないだろうか。
神の眼差しの前に出るとき、そこで人は己れの罪に痛む。その痛むことに赦しと癒しの入り口がある。だから、一旦は罪赦され罪の痛みから癒されても、繰り返し神の眼差しの場所、すなわち痛みの場所に、そしてその痛みを神の方に差し出せる場所に戻り続ける必要があるはずだ。それが祈ることであり、礼拝することの意味ではないか。『ひつじが丘』には良一がルオーの描いたキリストの眼差しにみつめられながら、その眼差しの前で己の罪に痛む者になってゆく物語が描かれているが、ほぼ同時期の「井戸」もそのテーマを書いているのだ。

愛の痛みを知ること
人間の痛みには、もう一つ、愛する人が真に幸ではないゆえの痛みがある。愛ゆえに傷む心がある。それが愛だ。愛は痛む。傷つき痛む。神も人も愛する存在を見て痛む。そこにこそ愛があるのに、痛みを失った者に、愛するということができるのだろうか。
少年に手を出すことの残酷さ、少年の人格や人生に対する影響に関して無関心でいる鈍感という冷酷さに加代が気づかないとしたら、そこに痛みがないとしたら、罪の痛みも愛の痛みもない彼女は、もはや人間ではない状態に陥っていると言えるだろう。

「痛いところがあるのに、痛くないってことは恐ろしい」
君枝はそう言って手術(*無神経にする手術)を拒否しているのだという話であった。帰って真樹子が加代にその話をすると、加代はちょっと顔をしかめたが、何も言わなかった。

この「ちょっと顔をしかめたが、何も言わなかった」とあるところに、わずかな加代の変化が読み取れる。
結婚して十日と経たないうちに君枝の死亡通知が届き、真樹子は夫の浩二と一緒に名寄に向った。それが二人の初めての旅行だった。痛みに耐え抜いて死んだ君枝の葬式に行くというのに、楽しくてならなかった真樹子。三浦夫妻の初めての旅行は結婚一か月後、亡くなった前川正の家への訪問だった。痛みの意味を教えつつ見事に痛んで死んだ君枝の葬儀に行くことには、前川正への思いも重ねられているのかも知れない。君枝の母が君枝の死について証言する。

「はい、もう痛いの何のって……。あんなに苦しまなきゃ、君枝は死ねなかったんでしょうか」

実は、この言葉は、加代についても言っている。加代もまた痛まずに死んではいけなかったのだ。
加代が出かけている間に、学校をサボった一郎が訪ねてきたことを真樹子が告げたとき、「加代は何か考えているようだった」とある。その後加代はお寺の境内で一郎に刺し殺されることになるのだが、加代は学校をサボった一郎に何か言ったのだろうか。PTAで司会をする加代のように上手にやれといっただろうか。或いはわざと愛想尽かしを言って、突き放したのだろうか。中学生の一郎は、しかし表裏を使い分けることなどできないし、加代の言葉の裏側を読むこともできなかっただろう。一郎は純粋だったからこそ学校をサボってしまうし、加代に愛人が何人もいることも許せなかっただろう。純粋ゆえに加代を殺すのだ。
加代にとって一郎は松村茂の亡霊だった。だからこそ加代は一郎を愛し、また一郎を愛せなかった。真樹子と再会したことから松村茂を思い出した加代は、一郎との関係に痛みを覚え始めながらも、痛みを痛みとして意識して向き合うことができず、どうしたらいいのか分からない戸惑いを感じるようになっていたのだろうか。加代は一郎を松村のように死なせたくないと思ったし、一郎に殺される方がよかったのではないだろうか。
一郎にとって加代は愛する女であり、自分を愛欲の世界に閉じ込めている女であった。だから彼は愛しつつもその女を殺さなければならなかった。彼自身にそのような意識はなかっただろうが、殺して突破しなければ彼自身の人生が回復できないほどに、彼を汚した女でもあった。
一郎の純粋さに刺されたとき、冷たいナイフの感触を胸の奥に感じながら、初めて加代は本当の痛みを知ったのだろうか。それは書かれていない。だからもしかしたら「罪の払う報酬は死である」というところに主題があるのかも知れない。しかし、この最期の時に、単なる肉体の痛みでなく、一郎を愛そうとして愛せなかった痛みによって、一郎に激しく愛される痛みによって、一郎への愛と罪による痛みによって、加代が本当の痛みを知ってくれたらという、祈りのようなものがあるのではないだろうか。心の井戸のひからびきったかに見えるその底にナイフが刺さって、赤くて熱い血が噴き出してくれたらと。

森下辰衛(三浦綾子記念文学館特別研究員) 三浦綾子記念文学館 氷点村文庫第1号第1巻「おだまき」 2016(平成28)年12月24日

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