『夕あり朝あり』が映し出す 日本の近代〈戦争・災害・人権 ……〉  難波真実

三浦綾子が見つめた、近代の夜明け

近代がぎゅっと凝縮された1冊

多くの歴史的事件を書いた

『夕あり朝あり』は一人の人物の伝記ながら歴史意識の強い作品である。巻末の参考文献一覧の近代史関係の書目でもそれは検証できる。
日清・日露・第一次・第二次世界大戦、産業や生活の様相、自由民権運動、公害や労働の問題、地震・噴火・凶作などの自然災害、虐殺事件など、非常に多くの歴史的事件に言及している。特に「炎」の章はほぼこれらの歴史事件の記述に費やされているほどである。

『夕あり朝あり』は1986年9月から翌年5月まで北海道新聞、東京新聞、中日新聞、西日本新聞などの各紙に連載され、1987年9月に新潮社から単行本が刊行された。
当時、綾子は直腸癌が再発しており、朝毎に「今日が私の命日かもしれない」と真剣に一日を生き、敬愛する信仰者の伝記を書いた。彼らの人生を信仰の証として遺したいという動機と、危機に立つ綾子自身が、彼らにもう一度学びたいという思いがあったからである。

『銃口』や『母』への準備

三浦綾子はなぜここまでして近代を描いたのか?

三浦文学の歴史観の中心は敗戦にある。敗戦から始まる『氷点』から書き始めて、敗戦までを描いた『銃口』へ向って行く作家生涯であり、敗戦という一つの破滅的な結末へ向けて進んで行く日本の近代全体を捉える視点を持っていた。
三浦文学は第二期の長編歴史小説から第三期で伝記小説へと移行してゆくが、歴史意識が薄くなったのではなく、質が変わったのだ。『夕あり朝あり』に書かれた近代史の記述は、やがて国家と庶民の相克をテーマとして書かれる『銃口』や『母』へ向けて、その歴史を把握する目を準備するものだったといえよう。

難波真実 三浦綾子記念文学館 企画展「ドライクリーニング白洋舎創業の物語
『夕あり朝あり』走れ、健治!」 2016(平成28)年9月1日〜2017(平成29)年2月28日 パネル掲載文章

※データベース記事では検索で一般的に使われる「白洋舎」を使用していますが、展示では社名と同じ「白洋舍」で表記しています。

『夕あり朝あり』文庫本

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