ひと粒の麦、地に落ちて ― 長野氏は乗客を助けるために ―  難波真実

明治42年2月28日夜 最後尾の客車が峠を逆走

1909(明治42)年2月28日夕方、名寄を出発した列車は旭川を目指して走り、夜8時頃塩狩峠にさしかかった。突然、最後尾の客車の連結器が外れ、逆走を始める。3月2日付の新聞「北海タイムス」では、この列車に乗り合わせた鉄道職員長野政雄氏が懸命に客車のハンドブレーキを操作し止めようとした様子が詳しく報じられている。
長野氏のとっさの行動が、多くの命を救ったことは疑いの余地がない。毎年2月28日には塩狩駅そばの殉職碑に多くの人が集まり、祈りが捧げられる。

現在に語る〝塩狩峠〟

連日のように心痛む事件が起こり、一方で詐称と保身のニュースが次々に垂れ流される。人としての尊厳を失い、社会全体が悲鳴を上げているのではないかとも思える現代。
では他人事ではなく、私たちはどんな生き方をし、大事な場面でどんな行動をするだろうか。長野氏のようなことは難しいにしても、人を愛し生かそうとする選択をコツコツと積み重ねることならできるのではないか。そこに人と社会への希望が現されるのだと思う。
『塩狩峠』はこれからも私たちにそういう生き方を語り続ける。

引用
きょうもまた、塩狩峠を汽車は上り下りしていることであろう。氏の犠牲の死を遂げた場所を、人々は何も知らずに、旅を楽しんでいることだろう。   『塩狩峠』あとがき

難波真実 三浦綾子記念文学館 特別展『塩狩峠』「一粒の麦 いのちより重い愛の尊さ」 2016(平成28)年7月1日〜10月28日 パネル掲載文章

『塩狩峠』文庫本

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