永野信夫の成長物語 3つの道(3)信仰への道 弱さとごう慢さを知る

『塩狩峠』は、家族、人間観、友情、生と死、異性愛、罪、信仰などに出会い、誰もが直面する人生の課題に取り組みながら、人間として成長してゆく物語でもあった。ここではそれを「人間への道」「大人への道」「信仰への道」の3つの角度から説き明かす。

Ⅲ 信仰への道 弱さとごう慢さを知る

信夫にとって死と性の問題は大きかった。罪を語るキリスト教に、信夫は反発しつつも関心を持つ。神に頼るほど弱くないという自負は崩れ、母らの祈りの支えにより、信仰の道へ進む。

ごう慢の罪を知る

引用
わたくしの心は彼への憎しみで一っぱいに満たされてしまいました。(略)わたくしこそ、ほんとうに助けてもらわなければならない罪人だったのです。
「隣人」の章

信夫は中村春雨の小説『無花果』で「義人なし、一人だになし」という言葉に出会い衝撃を受ける。自分はまじめな人間だと自負していたからだ。それゆえ伊木一馬に「あなたの罪がキリストを十字架につけたことを認めますか」と問われた時、そんな覚えはないと答える。伊木は信夫に、聖書の言葉をひとつ徹底的に実行してみるように勧めた。信夫は「隣人を自分のように愛しなさい」を選び、三堀峰吉の真実な隣人になろうと旭川へ移るが、三堀は信夫を受け入れなかった。

< 伊木一馬とは >
路傍で布教活動をしていたキリスト教の伝道師。信夫は伊木に教えを請うた。

命を与える愛

引用
「みなさん、愛とは、自分の最も大事なものを人にやってしまうことであります。」
「雪の街角」の章

信夫に親切にしてくれた三堀峰吉が同僚の給料袋を盗み謹慎処分になる。信夫は謝るよう説得するが三堀はかたくなだった。挫折落胆した信夫は、札幌の街で路傍伝道している伝道師・伊木一馬の語る説教を聴き、心打たれる。伊木はキリストを愛のために大損する「世にもばかな男」として紹介する。

引用
「このお人形さんをおにいさまにあげますから、もう、おにいさまを病気にしないでください。」
「あこがれ」の章

信夫の妹の待子は、信夫が発熱し危険だったとき、菊の傍で兄の回復を祈った。信夫はこの幼い待子を通して愛の心からの祈りというものを知り感動する。
ここには「私のいのちを差し上げても良いですから」と病床の綾子の癒しを祈った三浦光世の祈りが投影されている。信夫も最後には乗客を救うために一番大事な命さえ差しだす者になる。

三浦綾子記念文学館 特別展『塩狩峠』「一粒の麦 いのちより重い愛の尊さ」 2016(平成28)年7月1日〜10月28日 パネル掲載文章

『塩狩峠』文庫本

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