「何を考えていたんだ」

「何を考えていたんだ」
ほっとして容一は、タバコに火をつける。
「なんでもないわ。でも、とてもすてきなことよ」
「すてきなこと? 香也子がすてきなことを考えるときに、ふくれっ面になるとは、知らなかったな」
冗談めかして容一は笑う。びんのあたりに白髪の目だってきた容一は、笑うとまなじりに、二、三本のしわがより、それがひどく容一を柔和に見せた。道北に手広く取引先を持つ、大きな建材会社の社長とは見えない。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 二」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 恵理子が柄杓を釜にいれた時、青年がいった。

  2. 恵理子の立つ、川一つ隔てたこの道には、

  3. 容一に手首をぐいぐい引っぱられて、何十メートルか、斜面を降りた扶代と章子は、あっけにとられていた。

  4. 章子は立ちあがって、 「あ、香也ちゃん、すみません」 と、盆を受けとろうとした。

  5. 「おいしいわ。とってもおいしいわ」 香也子がいった。テーブルの上には、牛肉とピーマンと地物の筍のいため煮、毛蟹を使ったフーヨーハイ、それに容一の好きな八宝菜、酢ブタなどがいっぱいに並べられている。

  6. 「ねえ、わたしたち三人は、水入らずよね。血が通っているんですもの。章子さんや小母さんとは、ちがうわよねえ」