私はどう生きていきたいか ~夏枝の氷点を考える~  課題図書『氷点』  亘理舞

人間同士が、本当の本当に信頼しあうことはできるのだろうか。『氷点』を読み、私はそう感じてしまった。

私は家族を信じていた。極端な例を出せば、妹がもし命の危機にあったら、私の命を差し出す覚悟で助けにいく。私が海で溺れたら、父は必ず助けてくれると信じている。私は家族と、どんな時も信頼しあっていると思っていた。でも『氷点』の中で、夫婦がお互いを疑い、親友が親友に何年も嘘をつき続けるのを見て、不安になってしまった。果たして私は、家族と「信頼しあって」いるのか。私が信じているだけかもしれない。いや、私も本当に信じているのだろうか。信じるということが、どういうことなのか分からなくなってしまった。
しかし私には、夏枝たちと私の家族は違うと断言できることがある。それは、愛があるかないかだ。私の家族には、愛がある。私の両親は夏枝と啓造とは違い、時に喧嘩をして、互いに思いをぶちまける。それを積み重ねて相手の悪いところを受け入れ、許していく。これが愛だ。愛しているから、受け入れることができるのだ。そして、愛していれば、信じることができると私は思った。
この結論に至るまでには、分からない時間が長くあった。でも私はその時、ヨセフとマリヤの話を思い出して見つけることができた。ヨセフはなぜ、結婚直前に浮気したかもしれないマリヤを信じたのか。それは主の天使に言われたからではない。それはきっとマリヤを愛していたからだ。だから信じることができたのだ。つまり、愛のないところに信頼は生まれない。

夏枝と啓造は、相手の悪いところを受け入れて許す以前にそもそも、相手の悪いところから目を背けたがる。そんな二人の間に、愛はない。文中で陽子はこう言った。
「人間の中には愚かな部分がなければ、人を愛することなどできないのかも知れない」と。きっとそうなのだと思う。今愛しあっていると思っている人の中に、本当には愛しあっていない人がいるかもしれないと思うと、少し虚しくて悲しい感覚がする。私は、私の悪いところを受け入れてくる相手に出会えるだろうか。なんだかそれが、ひどく難しいことに思えてきてとても不安だ。なぜなら、愛がない場所に信頼はないという結論を、私自身が出してしまったから。

作品を読んで考えたことがもう一つある。どんな人の中にも氷点があるのだろうか。これはとても難しかった。そもそもこの作品を読むまで、陽子の遺書を読むまで、人間に「氷点」があるなどと考えたことがなかった。考えた今でも、はっきりと分かるわけではない。でも氷点を迎えた時、人は、もともとあった暖かさや明るさ、体から湧き出てくるようなエネルギーを失ってしまうのだろうと思う。なぜなら、私たちは生きているからだ。生きているから、感情には温度があるし、その温度は変化するのだ。最高に楽しい百度があれば落ち込んで涙する十度がある。それはどこかに、それぞれの氷点があるに違いない。
文中では陽子が、氷点を迎えて自殺してしまう。ということは、人間は氷点を迎えると自殺してしまうのか。いやそうではないと思う。陽子だから、氷点を迎えた時に自殺したのだ。夏枝が氷点を迎えても、夏枝はまずそれに気付けない。傍から見ていると夏枝の氷点は、陽子がルリ子を殺した犯人の娘だと知った時のように見える。その前までの夏枝には、美しい人としての余裕があり、夫にも子どもにも尽くす憧れられるような妻だったと私は思う。しかし氷点を迎えた後の夏枝は余裕を失い、冷たさが増してしまった。しかも夏枝自身は、自分が氷点を迎えたことなど気付いてもいない。この氷点を迎えたあとの陽子と夏枝の差は、持つ愛の大きさにあると私は思う。夏枝はたしかに、夫と子供に愛情を持っていた。しかしそれ以上に、自分を愛していたのだ。本文中にこんな文がある。
「夏枝はみにくいものへの同情がない。その冷たさがなければもっと美しくなるということなど知らない。鏡に写る自分に見ほれることから人への愛は生まれない」
つまり夏枝の持っていた愛は、まだまだ未熟な小さなものだったのだ。それに対して陽子は、男の子に石をぶつけられてとても痛くても、不平一つ言わずに許していた。愛の重要な要素である許すということを、小さい時からしていた。他の描写を見ても、陽子は大きな明るい愛を持つ子だと分かる。
つまり大きな愛を持つ陽子は、氷点を迎えた時自殺しようと思った。一方、もともと愛を持たない夏枝は、自分の氷点に気付かなかったということだ。私はどうだろう。そう考えた時、私はそもそも氷点など迎えたくないと思った。

最後に本文中の啓造の言葉について考えたい。
「人間は何を目標として生きるべきなのか。啓造には社会的地位も美貌の妻もある。しかしそれらは必ずしも啓造を幸福にはしなかった」
私はこの一度しかない人生、何を目標として生きるべきか。この本を読んで、少し見えた気がする。
〝自分の愛を大きく育てること〟
今の私の愛は、私の母の持つ愛に全然敵わない。だから大きくなるよう磨いていきたい。社会的地位や見た目よりも、その人の持つ愛こそが、最後にはその人の人生を決めていくのだろう。
大きな愛を持って生きた人の人生は、その道を振り返った時、暖かく輝いていると思うから。

亘理舞(成蹊中学校3年) 最優秀賞 B 課題図書部門
三浦綾子記念文学館 第20回三浦綾子作文賞 2018(平成30)年

第22回三浦綾子作文賞 募集

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