それでも生きる勇気 課題図書『泥流地帯』  川口琴理

青天の霹靂、当たり前にあったはずの日常を突如無残に奪われた時、人は何を思って今日を生きることができるのだろう。何の前触れもなく、昨日まで一緒にいたはずの大切な人や、毎日見ていたはずの景色が無くなった時、人は何に生きる希望を見出すのだろう。泥流地帯を読んだ私はこう思わずにはいられなかった。果たしてすべてを失っても尚生があるのは幸せなことなのだろうかと。

目の前で尊敬していた市三郎が流された。優しかったキワも、可愛がっていた妹の良子も死んでいった。それでも、幸せと悲しみの記憶が交差するその町で拓一は生きていくことを選んだ。私にはどんなに想像力を働かせても拓一を理解することができないのだ。
拓一は家族思いの心優しい少年だった。幼いころに父親を亡くしそれから祖父の市三郎の手伝いを献身的にしていた。姉の富、弟の耕作、妹の良子、家族のために一生懸命働いた。どんな相手にも常に親切に、真面目に働く市三郎を心から慕い、祖父のようになりたいと、真面目に生きてきた。
「なあ、兄ちゃん。まじめに生きている者が、どうしてひどい目にあって死ぬんだべな」
耕作は拓一に問う。何故市三郎たちはこんな惨たらしい死に方をしなくてはならなかったのか。耕作の脳裏にはひどい災害の後でもあくどくもうけを狙う深城の姿がよぎるのだ。どうしてあいつが生き残って市三郎は死んでいったのか。人の生死を分けるものとは一体何なのだろう。どんなにまじめに生きてもこんな死に方をするなら真面目に生きてもばからしい。そう思う耕作の気持ちが私には理解できる。世のため人のため、親切に、真面目に生きてきた者が死に、意地悪く、不親切なものが図太く生き残るのだとすれば真面目に生きることは一体何の益になるというのだろう。真面目に生きることの意味は何だろう。

人の死というものは決して人に予測できるものではない。死は夕立のように突然やってきて大切なモノを奪っていく。そこに残るのは涙と悲しみだ。死んでいった者たちとはもう二度と会うことはできない。話すことも、一緒に食卓を囲むことも、笑いあうこともできない。その人が一生を終えるときに何を思ったのか、何を願ったのか、それを尋ねるすべはない。市三郎はその生涯を満足して死んでいったのだろうか。孫に囲まれて暮らしたその一生は貧しくとも彼にとっては幸せと呼べるものだったのか。良子はどうだろう。良子に待っていたのは幸せな未来のはずだった。大好きな兄たちと、待ちに待った母と、家族そろって暮らすのを誰よりも楽しみにしていた。うれしそうに笑った良子の顔は青黒く泥まみれになって帰ってきた。これから沢山の物を見て、聞いて、知っていくはずだった良子の人生は幸せだっただろうか。生とはなんだ。死とはなんだ。あるはずだった未来とは。
そもそも人々に約束された明日はあるのだろうか。今、一分一秒生きていることは昨日から保証されていたのだろうか。誰でも明日死ぬかもしれないという事実をいつしか私たちは忘れて生きているのかもしれない。明日死ぬかもしれない。それは紛れもない事実だ。明日生きているか、死んでいるか、それがわかるのは神だけだ。

「皆平等に不確かな未来がある。だから、人の人生を左右するのはいつ死ぬかではない。その人生をどう生きたかが大切なのだ。」
そう言い切ることができる人もいるかもしれない。だが私にはできない。市三郎のように長い間生きてきたとしても、突然あんな形で命を奪われるのは幸せなことではない。ましてや良子のようにまだまだ先の方が長いような人生の途中で死んでいくのはもっと辛い。だがしかし、生き残ることもまた苦しい苦しい戦いだと私は思う。私だったら昨日まであったはずのものと、現実の狭間で頭がおかしくなる。何故家族とともに死ねなかったのか。何故自分だけ生きているのか分からなくなる日が来るだろう。真面目に生きても一瞬で死んでいくのならと堕落の道をたどるだろう。光を無くし生きているか死んでいるかわからないような人間になってもおかしくない。そんな時、人を生に繋ぎとめることができるものはあるだろうか。悲しくても、辛くても、納得がいかなくても、それを乗り越えて生きていくにはどうしたらいいのだろう。
私は、悲しくてもいいと思う。辛くても、納得がいかなくてもいいと思う。乗り越えなくてはいけないというルールはどこにもない。ただ、それでも生きていけばいいと思う。失くした物は大きい。心に空いた穴は塞げない。それでも、涙を流していても前を向く心さえあればそれはもう大きすぎるほどの勇気だと思う。人は決して強い生き物ではないのだ。大自然を目の前にしてひとたまりもない。儚い、小さい生き物だ。それでも人には他の生き物にはない心がある。他の人に意思を伝えることのできる口がある。喜びも悲しみも共有することができる。人が秘めている可能性は偉大だ。生きている。それだけで奇跡なのだ。
悲しみを乗り越える必要はない。ただ、前を向く勇気を持ちたい。たまに悲しくなって涙を流したって構わない。後ろを振り返って懐かしんでも構わない。ただもう一度前を見て、それでも生きていく勇気が欲しい。

川口琴理(インターナショナル・カルバリー・アカデミー高校2年) 最優秀賞 B 課題図書部門
三浦綾子記念文学館 第20回三浦綾子作文賞 2018(平成30)年

第22回三浦綾子作文賞 募集

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