二つの約束  北山陽彩

私には将来の夢を決定付ける大きな影響を受けた出来事が二つある。そのひとつが祖父との約束だ。
「ハッチ、大きくなったらジージの病気を治してね。」
大好きだった祖父との最初で最期の約束から九年。あの日の事は今も私の心の中で大切な思い出として残っている。四才の私はどんな気持ちで約束したのだろうか。自分の事なのに、思い出せない。でも私を見つめる優しい祖父の笑顔は覚えている。
成長とともに現実も見えてきて、くじけそうになるときもある。医学部がどんなに難関でも医師の仕事がどんなに過酷でも大好きな祖父の笑顔が応援してくれる。そして、幼い私に身をもって命には限りがあることを教えてくれた。死は永遠に大切な人との別れだと知ったのもこの時だ。誰かにとって大切な人の命を救うことのできる医師という職業。私が守れなかった祖父との約束を同じ病の方を助けることで、祖父は喜んでくれるのではないだろうか。

ふたつめの出来事が伯父との約束だ。伯父は小さいころからヴァイオリンを習っている私を応援してくれていた。ある日、私の手を取りじっくり見て、
「指が長くて手が大きい。ヴァイオリンを弾くのにぴったりな手をしている。これからも練習を頑張るんだぞ。いつかヴァイオリニストになったら、おじちゃんが後援会長になってコンサートの企画をするぞ。世界に羽ばたけるようにがんばれ!」
と言ってくれた。私は頑張っていることを認めてもらえて、とても嬉しかった。
伯父と約束した翌年、家の電話が鳴った。伯母からだった。伯父が病気になり、進行が早く一か月持つかどうか。だから、話が出来るうちに、お見舞へ来てほしいとの内容だった。突然の知らせに私は言葉を失った。また私は大切な人を失わなければいけないのだろうか。祖父を亡くした時の胸がキューッと締め付けられるような、トクトクと心臓の鼓動が早まる苦しさを感じた。

伯母から電話をもらった週末、両親と富山から伯父の住む東京に行った。お見舞いへ行くと思ったよりも元気そうな伯父がいた。だいぶやせてはいたけれど、私を見るとベッドに横たわる伯父は、とびきりの笑顔で私を迎えてくれた。私はすぐに駆け寄り、伯父の手を握ると、あの日、後援会長になってくれると言った同じ手とは思えないほど、細く折れそうだった。私の手を握る力も弱弱しく、元気そうに見えた笑顔は私を心配させないためのものだと分かった。
「ヴァイオリン頑張っているか?ハルアがヴァイオリニストになってコンサートするまで聴くのは待とうと思っていたけれど、おじちゃん、こんな体になっちゃったから、元気になるためにハルアのヴァイオリンを聴かせてくれないか?」
息苦しそうに言葉も途切れ途切れになりながら、伯父は私のヴァイオリンを聴きたいと言った。
「もちろん!今日はヴァイオリンを持ってきていないから次のお見舞いの時に必ず弾くね。何か弾いてほしい曲があれば練習しておくよ。」
私は泣きそうになるのを我慢して伯父に聞くとすぐに、
「ハルアが今、練習している曲。」
と言って笑った。私は翌週、ヴァイオリンを持ってお見舞いへ行く約束をした。

その日から伯父は、病室からヴァイオリンを弾く予定の談話室までの十メートルほどの距離を自分の足で歩いて行きたいと練習を始めたそうだ。立ち上がることさえ難しかったのにベッドから廊下までの数メートルほど歩けるようになり、伯母はもちろん、主治医や看護師も驚いたそうだ。食事もほとんど喉を通らなかったのが、果物やゼリーなどを食べられるようになり、
「体力付けないと歩けるようにならないかな。早くハルアのヴァイオリンが聴きたい。」
伯父は周りも驚くほど体調が安定し、私のヴァイオリンを聴く日を楽しみにしていたそうだ。誰もが伯父との時間がまだあると信じていたお見舞い予定の前日、急変した。
ヴァイオリンどころではなくなり、医師からはいつその時が来てもおかしくないと言われ、緊迫した日々が続いた。今日、明日にでもといわれた伯父はそれから二週間ほど過ぎた晴れた日に祖父と同じ世界へと旅立った。

私はまた、大切な人との約束を守れなかった。悲しさと悔しさが入り乱れた複雑な気持ちでいると伯母から、
「伯父さんは、ハルアのヴァイオリンを聴く日を目標に医師も驚くほど頑張った。それほど聴きたかったヴァイオリン。今、弾いて聴かせてあげてほしいの。」
と頼まれた。和室で眠る伯父を叔母や親せきがぐるりと囲み、私は伯父との約束を果たすためにヴァイオリンを弾いた。ヴァイオリンを弾きながら、とても悲しいのに弾いているうちに不思議と温かい気持ちになり、伯父も嬉しそうに聴いてくれているような気がした。弾き終わると伯母から「千の風になって」をリクエストされた。弾き始めると、伯父を囲んでいる皆が自然とヴァイオリンに合わせて歌い始めた。弾き終わると伯母が、
「ありがとう。悲しいのに心が温かくなったわ。きっと伯父さんが『ありがとう』って心を通じて伝えたのだと思うよ。」
私の心に感じた温かさを周りの人も感じていたのだとわかり、音楽の素晴らしさを実感した。その瞬間、私の将来の夢が明確になった。医師になりたいという夢と同じくらい大好きなヴァイオリンを患者さんや家族の方に談話室やフリースペースで弾こう。ミニコンサートを開いて一瞬でも病気のことを忘れて温かな気持ちになれる時間を作りたい。患者さんの病気だけではなく心も癒せる医師になろう。と同時に私が三才から毎日ヴァイオリンを弾いてきた意味を見出したような気がした。
心を癒し病気を治す医師になりたい。ふたりの大切な人との約束が私の進むべき道を照らした。

北山陽彩(高岡市立高岡西部中学校1年) 最優秀賞 A 自由作文部門
三浦綾子記念文学館 第20回三浦綾子作文賞 2018(平成30)年

第22回三浦綾子作文賞 募集

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