母の保子は、朝起きるとすぐに掃除をはじめた。

母の保子は、朝起きるとすぐに掃除をはじめた。そのときに着た着物を、そっくり着替えなければ食事の用意をしない。台所はいつも、モデルルームのキッチンのように、ぴかぴかに磨き立てられていた。口の悪い従兄の小山田整がいったことがある。
「ぼくはね、この家の台所で、朝晩食事の用意がされているということを、絶対信じないね。この台所はね、恵理ちゃん、まだ一度も使われたことがない台所だよ」

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 一」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 今夜も庭つづきの崖の下から蛙の声が賑やかに聞こえてくる。崖下の沢には田んぼがあるのだ。

  2. 店内はひっそりとして客が二組ほどしかなかった。ま昼のせいだろう。容一、保子、恵理子の三人が、いちばん隅の席に向かい合っていた。 「いい娘になったねえ。まったくいい娘になった」

  3. その時、階段に静かに足音がして恵理子が茶の間にはいってきた。 「あら、もう三時? おばあちゃんお帰りなさい」

  4. 「そうか、ぼくは、あの人は何不自由なく育った幸せな人かと思った。そうか、お父さんがおられなかったのか」

  5. 「そうね、わたしも料理学校に行こうかな。ね、お父さん、わたし、章子さんより先にお嫁に行きたいわ」

  6. この川を隔てた向こうは