「お母さん、ただいま」 「あら、帰ってきたの」

「お母さん、ただいま」
「あら、帰ってきたの」
保子はすっと手を伸ばして、テレビのスイッチを切った。時々保子はこんなことをする。
「なんにもおもしろいものがないわね、日曜は」
たったいま、自分では熱心に見ていながら、保子はいう。その母の気持ちも、恵理子にはわかるような気がするのだ。たぶんこのドラマの中には、娘には知られたくない何かが隠されていたのだろうと、恵理子は察した。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 一」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 母が父と別れたのは、父に女ができたからだと聞かされていた。

  2. 「だからいったことじゃないか。第一だよ、わしに女ができたからって……そりゃ女をつくることは悪いよ。悪いがねえ、保子、俺だって男だからね。たまにはほかの女にも手を出すさ」

  3. 出稽古から帰ってきたツネのきものを、保子はたたみながら、 「ねえ、お母さん」 と、顔を向けずにいう。

  4. と、丘の上に車が現れた。車は真っすぐに香也子のほうに下ってくる。見覚えのある金井政夫の車だ。

  5. 香也子は二人を見ると、ついと顔をそむけた。

  6. 「どうした。コーヒーを飲まないのかい」