「お母さん、ただいま」 「あら、帰ってきたの」

「お母さん、ただいま」
「あら、帰ってきたの」
保子はすっと手を伸ばして、テレビのスイッチを切った。時々保子はこんなことをする。
「なんにもおもしろいものがないわね、日曜は」
たったいま、自分では熱心に見ていながら、保子はいう。その母の気持ちも、恵理子にはわかるような気がするのだ。たぶんこのドラマの中には、娘には知られたくない何かが隠されていたのだろうと、恵理子は察した。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 一」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  4. ジンギスカン鍋をつついている者、輪になって歌をうたっている者、桜の花の下には、何十組とも知れぬ人の群があった。

  5. 恵理子は誰かの視線を感じた。

  6. じっと恵理子を見つめている香也子の姿を、ツネと保子が息を殺して眺めている。