十二畳の居間に、母の保子はテレビを見ていた。

十二畳の居間に、母の保子はテレビを見ていた。
「ただいま」
声が聞こえたのか、聞こえないのか、保子はふり返りもしない。淡いみどりの博多帯を、粋に結んだ保子は、横ずわりになっていた。そのふっくらとした腰の肉づきが、四十八の年齢より、四つ五つ若く見せている。保子は軽く口をあけ、まばたきもせずにテレビを見ている。あまり高くも低くもない鼻にも、片手をついたその指のひらき具合にも、女らしさが漂っている。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 一」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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