玄関までの、五メートルほどの道の両側に、ピンクの芝桜が咲き、庭のつつじもいまが盛りだ。草一本生えていないのは、母の保子の手入れだ。
玄関の格子戸をあける前に、恵理子はいつものように、服のちりを手で払い落とす。今朝着替えたばかりの、薄いグリーンのスーツが、恵理子によく似合う。バッグから紙を出し、恵理子は靴を拭く。そして、敷かれてある靴拭いで、靴の底を十分に拭う。万一これを忘れると、たちまち母に、
「汚いわねえ」
と、言いようもない嫌悪をこめた声音で叱られるのだ。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 一」
『果て遠き丘』小学館電子全集