犠牲の意義 課題図書『塩狩峠』  宮島梧子

「犠牲」――この本を読み終えてから、急に際立って聞こえるようになった言葉だ。明鏡国語辞典第二版には、この語句の意味は二つ記されている。一つ目は、「ある目的を達成するために大切なものを引き換えにすること。」、二つ目は「天災・人災などのために死んだり傷ついたりすること。」とある。私は、この作品の主人公である信夫の人生と作品全体の主題について考える中で、彼の人生がいくつかの大きな犠牲とともにあったことに気付いた。そして、この作品そのものの主題も「犠牲」なのではないかと考えるようになった。まず、彼がその人生の中で払った犠牲を、三つの出来事に分けて考えてみたいと思う。
一つ目は、ふじ子との恋愛である。ふじ子は、生まれつき足が不自由だ。加えて、肺病、今で言う結核にかかってしまい、病床の身となる。当時結核は、治らない病気、人にうつる病気だとされており、人々に恐れられていた。実際、成立しかけていたふじ子の縁談も、結核が判明したことで流れてしまった。しかし、信夫はそんな彼女に恋をしたのだった。ふじ子の病気が治るのを待って結婚することを決意し、ひたすら彼女の回復のために尽くした。そして、ついに彼女との結婚を実現させ……られたはずの所まで達した。
二つ目は、鉄道会社の同僚・三堀との関わりである。彼はある日、他人の給料を着服してしまう。それは、ちょうど信夫が札幌で宣教師と出会い、幼い頃は毛嫌いしていたキリスト教を本格的に信じるようになりつつあった頃のことだった。信夫は、会社を休んでいた三堀を訪ね、上司のもとに謝罪しに行くよう、彼を説得。さらに、辞職してもらうほかないと言い放つ上司に対し、信夫は玄関に頭を擦り付け、どうにか三堀を許し、働かせ続けてほしいと懇願した。結果的にその願いは聞き入れられ、三堀は上司とともに旭川へ異動することになる。さらに信夫も、「自分と三堀に付いて旭川に来ないか」という上司の提案を受け、婚約者のふじ子を置いて、旭川へ向かった。これらは全て三堀の「真の友人」になるために信夫が下した判断と、起こした行動であった。
三つ目は、彼の最期である。これは、彼の人生における、最後にして最大の犠牲だと言える。ふじ子の病気が治り、ついに信夫とふじ子は結婚することになった。信夫は、彼女の家に結納を届けるため、仲人の上司などとともに電車で札幌に向かっていた。しかし、急な登り坂の途中で、偶然、車両の連結部分が外れ、信夫の乗る車両は、後ろ向きに坂を下り始めてしまう。運転手の経験はなかったものの鉄道職員であった信夫は、デッキに飛び出し、全力でハンドブレーキを回した。列車は速度を落とした。が、完全に止まりはしなかった。焦る信夫の視界に、五十メートル先の急勾配が映った。彼は、一瞬、婚約者と肉親の顔を思い浮かべたが、それを振り払って、線路目がけて飛び込んだ。……「客車は無気味にきしんで、信夫の上に乗り上げ、遂に完全に停止」した。信夫は、自身の命と引き換えに、乗客全員の命を救ったのだった。
信夫の自己犠牲精神をここまで育んだのは、一体何だったのであろうか。自分で立てたこの問いに対して、私が一番初めに思い浮かべたのは、キリスト教に対する信夫の厚い信仰心であった。「自分以外の誰かを、自分と同じように愛しなさい。」というのは、キリスト教の最も主要な教えの一つだからだ。キリスト教主義の中高一貫校に通う私の学校生活は、毎朝の礼拝から始まるのだが、そこでも、他者のために生きるとはどういうことか、隣人を自分のように愛するとはどういうことか、といったテーマはしばしば取り上げられる。しかし、このキリスト教の教えと、信夫の払った犠牲の数々は、ぴったりと重ね合わせられるものなのだろうかと考えた時、どうしても納得できない自分がいた。あまりにも運命的な彼の最期が、私には受け止めきれなかった。信夫のとった行動が偉大なことは確かなのだが、果たしてそれが彼自身の人生のよい終わり方だったのだろうか。彼は人間的にすばらしい人であったのだから、あのとき死ななければ、もっと多くのものを他者に与えることができたに違いない。もし彼が他の号車に乗っていたら、もし結納の日取りが一日ずれていたら……。とりとめのない考えが、頭に浮かんでは消えた。

信夫の犠牲死の意義をつかみあぐねていた今年の夏、私は、東日本大震災で被災した東北三県の沿岸部を巡るスタディツアーに参加した。私は、当時住んでいた岩手県盛岡市で震災を経験しており、被災して間もない沿岸部を訪れたことがある。久しぶりに東北に足を運ぶことで、薄れつつある自分の震災の記憶を辿るとともに、首都圏で暮らすようになってから、テレビや新聞を通してしか目にしていなかった復興の状況を、自分の目で見て学びたいと思い、参加を決めた。
三日間、様々な視点から震災について学んだ。例えば、津波によって七十四名の小さな命が奪われた大川小学校(宮城県石巻市)では、大川小学校で子どもを亡くした方々が私たちを案内して下さった。ご遺族の方々は、震災当日の事実や翌日以降の捜索活動、そして今も続く訴訟問題やこれからのことなどを、幅広く丁寧にお話しして下さった。また、福島県南相馬市では、生きていれば私と同い年だった娘さんを亡くした方からお話を伺う機会があった。「今日できることは、今日やって下さい。」というメッセージが胸に焼きついた。このお二人を始め、被災地で出会った方々は、誰もが自分の抱える深い悲しみを掘り起こして、私たちに心を込めてお話をして下さった。耳を傾ける私たちも、想像力を働かせて、真剣に耳を傾けた。「犠牲」と向き合うことは想像していた以上に苦しさを伴ったが、まっすぐに事実を学び、自分の思いや考えを言葉にする努力をしたことで、私はあることに気が付いた。
犠牲は、生かされることで意味を持つのだと思う。つまり犠牲の意義とは、残された者によって確立されるものなのではあるまいか。震災の犠牲は、私たちの手でこれからの災害に生かされなければならない。そのために私にできることはもう多くないかもしれないが、知ろうとする姿勢を持ち、自分が見聞きしたことや感じたことをなるべく多くの人に伝えることを続けていきたいと、強く思っている。

さて、犠牲の意義は残された者に託されているのではないか、という私の東北での気付きは、信夫の犠牲死について考える大きなヒントとなった。考えてみれば、彼の死が当時の社会に大きな影響を与えたことは言うまでもないのだから、彼の犠牲死の意義はもうとくに確立されていると言えるかもしれない。しかし、私も、小説の中に生き続ける信夫に出会ったからには、彼の犠牲の意義を形づくる一員でありたい。家族や友人に向かって言いかけた何かを、本当に言うべきことか五秒考えてみることから始めたいと思う。信夫はきっと、天から見てくれていることだろう。

宮島梧子(女子学院高等学校2年) 和寒町賞
三浦綾子記念文学館 第21回三浦綾子作文賞 2019(平成31)年

第22回三浦綾子作文賞 募集

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