『塩狩峠』と私  佐藤優

塾の先生が『塩狩峠』を教えてくれた

私にとって『塩狩峠』は特別。3年前、「新潮文庫の中から、これという1冊を選んでくれ」という話があり、選んだのがこの作品だった。それが縁で、今の表紙のオビには私の顔が載っている。
なぜ『塩狩峠』を選んだのか。それは、初めて出会った、感動する“本らしい本”だったから。読んだきっかけは、中学生の時に通っていた進学塾の国語の教師である岡部宏という先生。授業で毎回のように本を読ませて感想文を書かせた、そのうちの一冊だった。この作品は心に残った。何が心に残ったのかは分からなかった。でも、歳を取るにつれてだんだん何となく分かってきたような気がする。

塩狩駅長のサイン切符とカレイの煮付け

中学の間に3回ほど読んだと思う。そしてこの本を持って北海道に行きたくなった。そのとき、ソ連と東欧に40日間旅行する予定だったので、父から“予行演習”として北海道を選んだらと助言され、周遊切符を買って北海道を訪ねた。その当時の北海道にはユースホステルが多く、設備も良かった。和寒でもユースホステルに泊まったが、そこは半分が旅館であり、大きなカレイの煮付けが出たことを覚えている。そこでは塩狩峠を訪れた人たちとの出会いがあり、塩狩駅の駅長には入場券にサインをしてもらった。泊まっていた人の半数は塩狩峠訪問が目的であり、駅長によるとほぼ毎日、そういう人たちが訪れてきているということだった。サイン入り入場券は土産に喜ばれた。中学卒業の春だったが、塩狩峠はまだ雪深く、標柱も半分ぐらい雪に埋もれていた。ちなみに、そのあと帯広に行ったが、その年は半世紀に一度といわれる大雪で3日間ユースホステルに缶詰になり、襟裳岬には行けずじまいだった。駅長は、長野政雄氏殉難地のことも案内して教えてくれた。思い出深い旅である。

10代の母が経験した沖縄戦

戦後の民主主義的な原理は、3つの原理でできていると私は考えている。合理主義、個人主義、生命至上主義である。新自由主義というと、「金儲け」や稼ぐ人をイメージするが、私はSEALDs(シールズ・自由と民主主義のための学生緊急行動)もこの世界観に属すると感じる。アトム(原子)型であり個人主義的であり合理主義的な行動モデルだからだ。
そんな観点からすると第二次大戦の特攻や沖縄の航空部隊の切り込み、戦艦大和の水上特攻などはナンセンスとしかいいようがない。
ところが14歳で沖縄戦に遭遇した私の母は少し違った感覚を持っていた。若くして軍属となった母は戦火の中を自決覚悟で逃げたが、ある日、米兵に見つかった。すんでのところで北海道出身の兵の一言で助かった。その母の記憶に、「戦艦大和が助けに来る」という暗号電文が届いて「沖縄は見捨てられていない」と涙を流したということがあり、微妙な感情を作っている。戦後民主主義的な価値観ではナンセンスとされた戦艦大和が、一部では母などのようにそれだけではない存在であることもまた事実だ。

3・11で『塩狩峠』を思い出した

しばらく読まなかった『塩狩峠』だったが、3・11の東日本大震災のときに思い出した。福島の第一原発の事故である。これを戦後の新自由主義の観点で捉えるなら、合理主義の崩壊であり、生命至上主義による専門家の撤退である。命を賭して職務を遂行させることは誰にもできない。この事柄を、特攻隊や戦艦大和の水上特攻などの話と原発対策の話とをいっしょにされて、「国のためにがんばれ、命を捨てろ」という形になってはマズイと思った。その時にハッと思い出したのが『塩狩峠』。
近代文明によって生まれた汽車が制御不能となって人々に立ちはだかったこの物語の、引き離された車両の中で、専門家と呼べるのは永野と三堀(※ともに『塩狩峠』の登場人物)だけ。彼らには特別な責任がある。原発のオペレーターも同じだ。専門家が自らの職業倫理に基づいて命を捨てる行動をする必要があるということの原型は、特攻隊や戦艦大和の例で説明されるべきでなく、むしろ『塩狩峠』で類比されるべきではないかと考えたのである。それは、国家のためではなく社会のためであり、自分たちの同胞のためだからだ。

“そうせざるを得ない”行動

カトリック作家・遠藤周作の名作『沈黙』では“棄教と赦し”がテーマとなるが、このこと自体がカトリック的といってよい。優しいイエスが描かれる。これに対して三浦綾子は『塩狩峠』で純粋なプロテスタンティズムを打ち出す。峻烈であり、祖母トセの扱いや最後の車中の六造(※ともに『塩狩峠』の登場人物)など、相当に厳しい描き方をしているほどだ。
しかし、もっとすごいのは『続氷点』である。『氷点』で死ぬはずだった陽子を生かしたのは何のためか。それは、陽子に“仕事をさせる”ためだ。「原罪」を扱った前作に対し、陽子が生きることで赦しと和解のテーマを描くことができた。両作が揃うことで三浦綾子の仕事が仕上がった。これは、三浦綾子の信仰である。
プロテスタントでは、信仰と行為は切り離せない。信仰には行動が伴う。作中の永野信夫も“そうせざるを得ない行動”だったに違いない。それは、シリアに向かった後藤健二氏も然り、三浦綾子自身がそうなのだ。彼女らにとって信仰とは決断ではなく、行動である。

人の魂はどのようにしたら動いていくのか

自らに与えられた賜物を用いて懸命に働き、社会に返していくことが神への捧げものであるし、見舞われた苦難や病苦さえも、神からの試練だと受け止め、“何か意味がある”と考えて生きていこうとする、それがプロテスタントの信仰である。私自身、512日も勾留されたが、その意味を考え続けた。最初の差し入れで届いた聖書では「ヨブ記」をまず読んだ。
優れた宗教は人を生かし動かし、周囲に感化を与える。いつのまにかそう動いてしまうという特性を持つ。そういう意味で『塩狩峠』は「人の魂はどのようにしたら動いていくのか」ということを学べる貴重な作品でもある。
来年は宗教改革から500年。日本人作家による、プロテスタント的な特徴をよくあらわしている作品として『塩狩峠』を私は薦める。

(2016年7月30日講演録 文責・難波真実)

佐藤優 三浦綾子記念文学館 館報「みほんりん」第37号 2016(平成28)年8月20日

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