光世さんの声、綾子さんの瞳  山路多美枝

私達、スタッフが出勤してくると、2階から綾子さんを励ましながら階段を降りてくる光世さんの声が聞こえてきます。
「ほら、綾子、もう少しだよ、がんばれ! 綾子!」
どんなに体調が悪くても、その日課は同じでした。
2階の書斎に床を敷き、書斎を兼寝室にしていたお二人。毎日、この14段の急な階段を昇り降りしていました。今でもこの階段の端に立つと、どこからか、綾子さんを励ます光世さんの声が聞こえてきそうな気がします。さらに、お茶目な顔をして下を見下ろす綾子さんの黒々とした瞳も浮かんできます。

書斎の中は、ファンからいただいたぬいぐるみで埋め尽くされ、棚の上はお二人のご両親、ご家族の写真が飾られ、その横には前川正さんの肋骨が納められている十字架の黒い木箱。

お二人の書斎が「見本林」へ!?

この部屋で光世さんは綾子さんが疲れてくると、よくマッサージをして差し上げていました。思い出がギッシリと詰まっているこの書斎が、今度、お二人が大好きな見本林の中にお引っ越しすることになり、きっと驚かれていることでしょう。
みんなで訊いてみましょうか。
「綾子さん、光世さん! 書斎が新しくなりますよ! 新居での第1作、タイトルはどういたしましょうか?」

この部屋で作品を書き上げ、あるいは悩みを語るファンをこの部屋に招き入れ、生きる大切さ、命のかけがえのなさを語りながら、時には何日も泊まっていただくこともありました。

お二人の愛によって生かされた多くの生命

数え切れないほどの方々が、お二人の言葉と祈りに支えられ、その後の人生を強く生きてこられたことを、私は、書斎を片付ける作業の中で、ここに残されていた多くの手紙で知りました。どれも感動的な内容のものばかりで、胸がいっぱいになってしまいました。

綾子さん、光世さんが見守ってくれる場所

私はお二人の大切なこの場所が、永く保存されると聞き、嬉しくて仕方ありません。新居が完成すると多くの人が訪ねてこられるのでしょう。
綾子さん、光世さん、お客様がお帰りの際は、いつも通り、そのお姿が見えなくなるまで大きく手を振ってお見送りしてくださいね。

山路多美枝(三浦光世元秘書) 三浦綾子記念文学館 館報「みほんりん」第39号 2017(平成29)年9月1日

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