「ねえ、お姉さん」
残ったコップの水を一息に飲んで、香也子はテーブルに片ひじをおき、身を乗り出すようにしていった。
「わたしね、お茶の会に行ったでしょ。あの日、お母さんやお姉さんに会えると思ったら、うれしくてうれしくて仕方がなかったのよ。眠られなかったの」
「まあ」
恵理子は膝の上の、スーツと同色のブルーのハンケチを、キュッと握りしめながら香也子を見た。
「行ってみたら、お姉さんがお茶を点てていたでしょう。すごくきれいで、それで、うれしくて……それなのにお父さんたら、パッと逃げ出したの。わたし思わず、お父さん! って呼んじゃった」
「まあそうだったの」
うなずく恵理子のいいようもない優しさを、香也子は嫉妬しながら見つめていった。
「お姉さんのつけさげ、すてきだったわ。あの人がわたしのお姉さんよって、誰にでもいいふらしたかったわ」
「あら、どうしましょう。香也ちゃんったら」
姉らしい微笑だった。この姉の何に自分はかなわないのだろう。香也子は腹の底で、、冷静に恵理子を見つめながら、運ばれてきたワンタンに胡椒をふった。
三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 八」