「ねえ、わたしたち三人は、水入らずよね。血が通っているんですもの。章子さんや小母さんとは、ちがうわよねえ」

「ねえ、わたしたち三人は、水入らずよね。血が通っているんですもの。章子さんや小母さんとは、ちがうわよねえ」
機嫌の一変した香也子にとまどいながらも、容一もうれしそうに笑った。
「やっと機嫌がなおったね」
「あら、わたし、はじめから機嫌なんかわるくなかったわよ。大好きなお姉さんに会うのに、機嫌なんかわるくなる筈ないでしょ」
「はいってきた時の顔は、そうでもなかったぞ。なあ、恵理子」
「そりゃあ当たり前よ、お父さん。とびあがりたいほどうれしくたって、ちょっとはすねて見せなくちゃ、お父さんの教育に悪いもの」
ニコッと笑って、小さな舌をちろりと出して見せる。
「お父さんの教育にわるいは、参ったな。なあ恵理子、お父さんはこうして、いつも香也子にいじめられているんだぞ。かわいそうだろう」
「うそよ、かわいがってるのよ。あ、お父さん、わたしワンタンだけでいいわ。おひるだから。あと何もいらない」
「ワンタンだけか。おやすいご用だ」
二人のやりとりを、恵理子は羨ましげに見守った。仲のいい父娘だと思った。祖母のツネと母の保子との三人の、男けのない家庭に育った恵理子は、わがままいっぱいに容一に甘えている香也子が、ひどく幸せに思われた。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 八」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 「まあ、きれい!」 思わず恵理子は声をあげた。

  2. あの時よりいちだんと娘らしくなった恵理子が、顔をうつむけて茶を点てている。

  3. 「もしもし、お兄さん? わたしよ。香也子よ」 甘い声を香也子は出す。 「ああ、香也子さんですか。いけませんよ、章子さんのそばで電話をしたりしちゃ」

  4. 「…………」  香也子は向かいの山を眺めながら何か考えているふうだった。

  5. 香也子は、さっきからだらだらとつづいている生さぬ仲のドラマを切った。

  6. 「お母さん、ただいま」 「あら、帰ってきたの」