「香也子、お前、お姉さんに久しぶりで会ったんだろう。まず挨拶をしたらどうだ。怒るのはそのあとでもいい。なあ、恵理子」
「香也ちゃん、しばらくね」
恵理子の声がやさしかった。
「馴れ馴れしく声をかけないでよ。何よ、わたしひとり置いて、ふたりで出て行ったくせに」
香也子は強い視線を恵理子に浴びせた。が、恵理子に目をあてた瞬間、香也子はかすかな敗北を感じた。ブルーのスーツが、あまりにもぴたりと身についた恵理子に、香也子はたじろいだ。先月、旭山で見た恵理子は、つけさげを着ていた。見事な和服姿だった。が、それは正装のせいだと香也子は思っていた。しかしいま見る恵理子は、どこがどうと、口に表しようのない着こなしのよさを、はっきりと香也子に感じさせた。
(洋裁をしているからだわ)
香也子はそう思おうとした。洋装ならば、誰にも負けないと香也子は自負していたが、その自負を、何の構えもなく恵理子はつきくずしたのだ。
次の瞬間、香也子の心の底で、す早い打算が働いた。この姉と遠ざかっているよりは、ぐっと接近して、多くのものを奪ったほうが得だと、香也子らしいソロバンをはじいたのだ。
(スーツだって、ドレスだって、注文どおりにただで縫ってもらえるわ)
恵理子の着ているスーツを見て、香也子は恵理子の仕立ての確かさを見た。
三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 八」