「ここにいることが、よくわかったねえ」 香也子は容一の顔も見ずに、天井から吊りさげられたランタンに目をやって、

「ここにいることが、よくわかったねえ」
香也子は容一の顔も見ずに、天井から吊りさげられたランタンに目をやって、
「いまわたし、お父さんの会社に寄ったのよ。そしたら、秘書の笹さんが、お父さんはもうホテルに出かけましたよっていうじゃない? ホテルに何しにって聞いたら、お嬢さまと中華料理をおあがりになるって。あらそんな約束だったかしらと、きてみたのよ。お嬢さまちがいとは知らなかったわ。馬鹿にしてる」
「そうか、そりゃあちょうどよかった。何を食べる? 香也子」
「何がちょうどよかったのよ。ごまかさないでよ、お父さん」
ウエートレスの持ってきたコップの水を香也子はひとくち飲んで、はじめてきっと容一を見た。その香也子を見つめながら、幼い時と少しも変わらないと、恵理子は思わず微笑を浮かべた。香也子はいいたいことは必ずいい、したいことは必ずする性格だった。自分の制服のスカートをずたずたに切りさかれたことさえ、いまの恵理子には懐かしい。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 八」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 「まあ? 恵理子姉さんって、そんなに魅力的?」

  2. 「おいしいわ。とってもおいしいわ」 香也子がいった。テーブルの上には、牛肉とピーマンと地物の筍のいため煮、毛蟹を使ったフーヨーハイ、それに容一の好きな八宝菜、酢ブタなどがいっぱいに並べられている。

  3. 「まあ、すてき!」 崖ぶちのあずまやにはいった香也子が叫んだ。

  4. 「少し白髪が……」と、保子はやさしく容一を眺めた。

  5. ジンギスカン鍋をつついている者、輪になって歌をうたっている者、桜の花の下には、何十組とも知れぬ人の群があった。

  6. そんな容一に、保子から電話がきた時、容一はわれにもなく心がゆらいだ。