思わず立ちあがった橋宮容一は、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる香也子に、一瞬弱々しい微笑を向けた。が、香也子は、唇をキュッと閉じ、容一と恵理子を無視して、テーブルに近づいてきた。

思わず立ちあがった橋宮容一は、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる香也子に、一瞬弱々しい微笑を向けた。が、香也子は、唇をキュッと閉じ、容一と恵理子を無視して、テーブルに近づいてきた。淡いピンクのスーツが、香也子をひどくおさなく見せていた。
「よお、いいところにきたな」
容一は自分を取り戻していた。恵理子と香也子を、いずれは引き合わせなければならないと思っていた。が、改めて引きあわせようとすれば、香也子は決して、素直に会おうとはいわなかったにちがいない。どんなに望んでいることでも、人に勧められれば、正反対の行動をとる香也子なのだ。正反対といわないまでも、その時その時の気分で行動が一定しないのだ。
このあいだ、祖母のツネにお茶を習えと勧めた時も、見事に一蹴された。が、そのあとすぐ、行ってみようかなどともいっていた。いま、突然の出現に驚きはしたが、考えてみれば好都合なのだと、容一は落ちつきを取り戻したのだ。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 八」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 香也子が、本当に生みの母を慕っているかどうか、容一には疑問である。

  2. 助手台に乗っていた祖母のツネが、うしろの保子と恵理子をふり返っていった。

  3. 「もしもし、お兄さん? わたしよ。香也子よ」 甘い声を香也子は出す。 「ああ、香也子さんですか。いけませんよ、章子さんのそばで電話をしたりしちゃ」

  4. 鳶の啼く声に、小山田整が空を見あげていった。

  5. 絹子が去ってから、整がいった。 「章子ちゃんの恋人だろう、くるのは?

  6. 出稽古から帰ってきたツネのきものを、保子はたたみながら、 「ねえ、お母さん」 と、顔を向けずにいう。