容一がそういったとき、幼い頃、散歩に手を引いてくれた父の手の感触が、ふっと思い出された。

容一がそういったとき、幼い頃、散歩に手を引いてくれた父の手の感触が、ふっと思い出された。それは親たちの離婚によって、父から遠ざかっていった恵理子の心を昔に戻すものであった。父と思えなかった人が、父に思われた。他に女をつくった不潔な男性であった筈だが、いまは血の通う分身に思われた。それは、自分の心の底にかくされた願いをいい当て、それを受けいれてくれたからかもしれない。ともに住んでいる母でさえ、一度もいったことのない自分の夢を、この父は、遠くに住んでいながら、わかってくれた。そんな思いだった。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 七」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 「ねえ、わたしたち三人は、水入らずよね。血が通っているんですもの。章子さんや小母さんとは、ちがうわよねえ」

  2. 「まあ? 恵理子姉さんって、そんなに魅力的?」

  3. 青地に白の、水玉模様のこうもり傘をさして、香也子は小雨の外に出た。庭の牡丹がアララギの陰に華やかに咲いている。

  4. 恵理子は焼却炉のそばを離れたかったが、燃えつきるまでそばについているように、常々保子からいわれている。

  5. 「まあ、きれい!」 思わず恵理子は声をあげた。

  6. 中学に入学するとき、恵理子はセーラー服をつくってもらった。