「お母さん、お父さんが一緒に食事をしようって。行ってもいいのかしら」 「いいわよ、お母さんも一緒に行くから」 「でも、おばあちゃんに知られたら……」

「お母さん、お父さんが一緒に食事をしようって。行ってもいいのかしら」
「いいわよ、お母さんも一緒に行くから」
「でも、おばあちゃんに知られたら……」
ツネがいっていたことを忘れてはいない。ツネは母の保子に、
「香也子のことなんか、いまさらいいださないでおくれよ、わたしにかくれて、香也子に会ったりしちゃ、承知しないよ。そんなことすると、あの橋宮とも会うようになるんだから」
といい、恵理子にも、
「橋宮の家になんか、電話をかけたりしないようにね」
と、はっきり釘を打ったのだ。
保子は恵理子に、
「大丈夫よ、おばあちゃんに内緒で会えばいいんじゃない。子供じゃあるまいし、いちいちいわれることはないわ」
と、じれったそうにいう。恵理子は受話器を持ちなおし、
「お待たせしてごめんなさい。じゃ、これから、母と一緒に参ります」
「おお、そうかそうか。じゃ、ニュー北海ホテルの二階の中華料理の店で待ってるよ。すぐにくるんだよ」
容一がうきうきといった。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 六」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 「西島さん、やっぱり姉のこと、好きみたいね。姉も不幸せなのよ。あなたが幸せにしてくださったら、うれしいわ」

  2. 沢を隔てた向かいの山が、日一日と鮮やかな芽吹きを見せてきている。

  3. ふだん香也子は、保子や恵理子の顔など、二度と見たくないといっている。

  4. 「そんなこといったって……」 「ね、お兄さん。わたし、結婚してもらわなくてもいいの。ただ一度だけ、キスをしてほしいの。ただ、それだけなの」

  5. 「あなた、よかったわ、香也ちゃんに誘われて。旭川にこんなきれいなところがあるとは、知りませんでしたよ」

  6. 襖があいた。ふとったおかみが、 「社長さん、焼けぼっくいに火ですか」 と、銚子をテーブルに置いた。