「お母さん、お父さんが一緒に食事をしようって。行ってもいいのかしら」 「いいわよ、お母さんも一緒に行くから」 「でも、おばあちゃんに知られたら……」

「お母さん、お父さんが一緒に食事をしようって。行ってもいいのかしら」
「いいわよ、お母さんも一緒に行くから」
「でも、おばあちゃんに知られたら……」
ツネがいっていたことを忘れてはいない。ツネは母の保子に、
「香也子のことなんか、いまさらいいださないでおくれよ、わたしにかくれて、香也子に会ったりしちゃ、承知しないよ。そんなことすると、あの橋宮とも会うようになるんだから」
といい、恵理子にも、
「橋宮の家になんか、電話をかけたりしないようにね」
と、はっきり釘を打ったのだ。
保子は恵理子に、
「大丈夫よ、おばあちゃんに内緒で会えばいいんじゃない。子供じゃあるまいし、いちいちいわれることはないわ」
と、じれったそうにいう。恵理子は受話器を持ちなおし、
「お待たせしてごめんなさい。じゃ、これから、母と一緒に参ります」
「おお、そうかそうか。じゃ、ニュー北海ホテルの二階の中華料理の店で待ってるよ。すぐにくるんだよ」
容一がうきうきといった。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 六」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 母の保子は、朝起きるとすぐに掃除をはじめた。

  2. 香也子が先に立ち、橋宮容一と妻の扶代、そしてその娘の章子があとにつづく。

  3. 思わず立ちあがった橋宮容一は、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる香也子に、一瞬弱々しい微笑を向けた。が、香也子は、唇をキュッと閉じ、容一と恵理子を無視して、テーブルに近づいてきた。

  4. 二十畳の応接間に、いま、橋宮容一と、その妻扶代、そして娘の章子が、英語塾を経営する金井政夫と談笑している。

  5. 金井はいま、思いきって橋宮容一に、章子との交際を求めたばかりなのだ。

  6. 「ねえ、お父さん。わたしも勤めたいわ」 「勤める?」 容一の眉間にたてじわが寄る。