「いつかねえ、旭山で恵理子のきもの姿を見たよ。いい娘になったね」 「…………」 「どうだね、一度お父さんと食事でもしないかね」 「……ハイ……でも」

「いつかねえ、旭山で恵理子のきもの姿を見たよ。いい娘になったね」
「…………」
「どうだね、一度お父さんと食事でもしないかね」
「……ハイ……でも」
「そこにおばあちゃんがいるのかい。おばあちゃんは、木曜日は留守の筈だが」
いつのまにそんなことを父は知ったのだろう。いま、母がそう告げたのだろうか。とまどいを感じながら、
「いま、母だけですけれど……」
「じゃ、どうだね。お母さんと街まで出てこないかね、十五分もあったら出てこれるだろう」
「ハイ、あの、香也ちゃんも一緒ですか」
「いや、香也子は、今日は一緒じゃないが」
「香也ちゃんも呼んでください。そしたら……参ります」
「いや、香也子にも会わせたいんだがね、あの子のことでも話があるんだ。今日はお父さんとお母さんの三人でもいいだろう」
「ちょっとお待ちください」
恵理子は、うしろにいる保子をふり返った。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 六」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 西に行けば、道は下って三百メートルほどむこうの柏林に突きあたる。香也子は東にむかって歩いて行く。道端のチモシーが雨にぬれて光っているのが目をひく。角の家の藤がいま盛りで、小さな紫の滝のようだ。

  2. 車は次第に旭山に近づく。

  3. 「ねえ、お父さん。わたしも勤めたいわ」 「勤める?」 容一の眉間にたてじわが寄る。

  4. 客が帰ったあと、母はその客のさわったとおぼしきものいっさいの消毒をする。

  5. 「まあ、きれい!」 思わず恵理子は声をあげた。

  6. 出稽古から帰ってきたツネのきものを、保子はたたみながら、 「ねえ、お母さん」 と、顔を向けずにいう。