「香也ちゃん」 たった一人の妹の名を、恵理子はそっと呼んでみる。

「香也ちゃん」
たった一人の妹の名を、恵理子はそっと呼んでみる。あの青年と並んで、ぎこちなく茶席についていた香也子が、たまらなく愛しい。馴れた席でもないのに、あの席につらなったのは、どんなに必死の思いであったろうと、恵理子は胸が熱くなる。それは、あの時のくいいるような香也子の激しいまなざしが、何よりもそれを語っているような気がする。実の母と実の姉を、どんなにか慕ってやってきたのだろうと思う。これも、あれ以来くり返し恵理子の心にかかることだった。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 六」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  3. 「そうか、ぼくは、あの人は何不自由なく育った幸せな人かと思った。そうか、お父さんがおられなかったのか」

  4. 「ね、お父さん。で、もう決まってしまったの」

  5. 香也子の、継母を母と呼ばず、そのつれ子の章子を姉と呼ばぬ心情は、単なる継母や義姉への抵抗だけではなかった。

  6. 十二畳の居間に、母の保子はテレビを見ていた。