「香也ちゃん」 たった一人の妹の名を、恵理子はそっと呼んでみる。

「香也ちゃん」
たった一人の妹の名を、恵理子はそっと呼んでみる。あの青年と並んで、ぎこちなく茶席についていた香也子が、たまらなく愛しい。馴れた席でもないのに、あの席につらなったのは、どんなに必死の思いであったろうと、恵理子は胸が熱くなる。それは、あの時のくいいるような香也子の激しいまなざしが、何よりもそれを語っているような気がする。実の母と実の姉を、どんなにか慕ってやってきたのだろうと思う。これも、あれ以来くり返し恵理子の心にかかることだった。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 六」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 「でも、あなた、恵理子はもうそろそろ結婚する齢ですよ。お店なんか持っていては、結婚の邪魔になりますわ」

  2. 青地に白の、水玉模様のこうもり傘をさして、香也子は小雨の外に出た。庭の牡丹がアララギの陰に華やかに咲いている。

  3. 「その、なんだ。敵がいるんだよ、敵が」 「てきですって?」

  4. 中学に入学するとき、恵理子はセーラー服をつくってもらった。

  5. 恵理子が柄杓を釜にいれた時、青年がいった。

  6. 香也子は今朝、新聞をひらき、そこに、五、六行の小さな記事を見て胸をとどろかせた。