いつも家の中で洋裁をするか、祖母のお茶の稽古の手伝いをするだけの恵理子の生活は、ほとんど異性に接する機会のない生活だった。

いつも家の中で洋裁をするか、祖母のお茶の稽古の手伝いをするだけの恵理子の生活は、ほとんど異性に接する機会のない生活だった。そのうえ、いつも祖母のツネから、
「恵理子、結婚なんて、それほどあこがれるほどのもんじゃないんだよ。何せね、男なんて者は、生ずるいもんなんだから。女房の目を盗んでは、ほかの女に手を出す。それが夫というものだと思っていたら、まちがいないよ。おばあちゃんや母さんを見てたらわかるだろ」
と、くり返し聞かされてきている。たまに高校時代の級友から電話がかかってきても、それが男の声であれば、
「留守ですよ」
と、ツネはにべもなく受話器を置いてしまう。祖母のツネにとっては、恵理子かわいさの思いですることだろうが、いつしか恵理子は、男性に近づくことも憚られるような思いにさせられていた。だから、向こう岸に現れた、ギターをかき鳴らすあの青年が、野点の席にきた時の喜びは、恵理子でなければわからない喜びだった。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 六」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 三百坪ほどの広い庭は、なだらかに傾斜しつつ、沢の端に至っている。

  2. 「いつかねえ、旭山で恵理子のきもの姿を見たよ。いい娘になったね」 「…………」 「どうだね、一度お父さんと食事でもしないかね」 「……ハイ……でも」

  3. 「香也ちゃん」 たった一人の妹の名を、恵理子はそっと呼んでみる。

  4. 玄関までの、五メートルほどの道の両側に、ピンクの芝桜が咲き、

  5. 恵理子は洗面所を出ると、二階の自分の部屋にあがって行った。

  6. 八歳のころから、母が家を出て行くまでの二年ほど、香也子は祖母のツネに茶を習ったことがある。