若葉となったポプラの木立越しに向こう岸を見た恵理子は、淡い失望を感じて再びミシンの前にすわった。

若葉となったポプラの木立越しに向こう岸を見た恵理子は、淡い失望を感じて再びミシンの前にすわった。スーツの裾をまつりながら、恵理子は、野点の日以来、向こう岸に姿を見せなくなった青年のことを思う。もうあれから、ひと月以上は過ぎた。窓から眺めるたびに、恵理子は向こう岸に青年の姿を期待した。が、なぜか、あのギターを持った姿は現れなかった。思いがけなく茶会で会った時、恵理子は自分でも驚くほど胸がときめいた。わざわざ野点の席につらなってくれた青年を思って、その夜、恵理子は眠ることができなかった。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 六」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  3. と、丘の上に車が現れた。車は真っすぐに香也子のほうに下ってくる。見覚えのある金井政夫の車だ。

  4. 香也子がいった。 「あら、婚約じゃないの? まだ結婚するかどうか、わからないの」

  5. 香也子は今朝、新聞をひらき、そこに、五、六行の小さな記事を見て胸をとどろかせた。

  6. 容一が保子の潔癖性に手を焼いたのは事実だった。