あけ放った窓から、木工団地の工場の機械のうなりが、絶えず低くひびいてくる。 恵理子は、頼まれたスーツの裾をまつっている。

あけ放った窓から、木工団地の工場の機械のうなりが、絶えず低くひびいてくる。
恵理子は、頼まれたスーツの裾をまつっている。あるとも見えない風に乗って、タンポポの穂絮が窓からはいってきて、そのまつる手にとまった。恵理子は立って、その穂絮を窓から放った。穂絮は頼りなげに漂って行く。
「オーライ、オーライ」
トラックを誘導する声が、向こう岸に聞こえる。ふと見ると、百メートルほど先の配送センターから、トラックが出てくるところだった。旭川木工団地の製品は、この配送センターから全国に向かって発送されるのだ。いま、橋の上を、幾棹もタンスを積んだ大きなトラックが渡って行った。あのタンスを、どんな女性が、どんな家庭の中で使うのか。いつものことながら恵理子は思う。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 六」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 「ああ、ああ、いつきてもいい丘だなあ、ここは。こぶしほころび、桜咲きか……」

  2. 香也子がいった。 「あら、婚約じゃないの? まだ結婚するかどうか、わからないの」

  3. 「混むかねえ、この天気だと」

  4. いま思うと、外から帰ってきた父が、洗面所で、

  5. 人々の視線は、再び茶席に戻っている。

  6. 父の橋宮容一は、後妻の扶代と、そのつれ子の章子を家にいれた。