「式のことだがねえ、金井君」
そんないきさつを知る筈もなく、容一がいった。
「ハッ」
金井は緊張した顔で箸をおいた。扶代はいつものように、のんびりした調子でジュースを注いでやる。
「九月の彼岸はどうかね、暑からず寒からずで……」
金井はちらりと香也子を見、小山田を見た。
「いいわね、お彼岸のころだと、章子さんも何を着てもいいころだもの」
ひどく明るい声だ。章子はうなずいて、
「ええ、わたしはいいけど、金井さんは」
と、はにかみながら金井を見る。
「ハ、あの、ぼくは、べつだん……しかし、もしかしたら、英語のテストの……何があるかもしれませんので」
しどろもどろに答えるのを、小山田が、
「ま、独身時代にはなるべく早く見切りをつけたらいいんじゃないの」
と、酢ブタに箸をのばす。
三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 五」