「式のことだがねえ、金井君」 そんないきさつを知る筈もなく、容一がいった。

「式のことだがねえ、金井君」
そんないきさつを知る筈もなく、容一がいった。
「ハッ」
金井は緊張した顔で箸をおいた。扶代はいつものように、のんびりした調子でジュースを注いでやる。
「九月の彼岸はどうかね、暑からず寒からずで……」
金井はちらりと香也子を見、小山田を見た。
「いいわね、お彼岸のころだと、章子さんも何を着てもいいころだもの」
ひどく明るい声だ。章子はうなずいて、
「ええ、わたしはいいけど、金井さんは」
と、はにかみながら金井を見る。
「ハ、あの、ぼくは、べつだん……しかし、もしかしたら、英語のテストの……何があるかもしれませんので」
しどろもどろに答えるのを、小山田が、
「ま、独身時代にはなるべく早く見切りをつけたらいいんじゃないの」
と、酢ブタに箸をのばす。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 五」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 行く手の畔に立つ数本のイタリヤポプラを見た。

  2. クレンジングクリームをガーゼでぬぐい、化粧水をふくませた脱脂綿でごしごし拭いている時、ドアをノックする音が聞こえた。

  3. 香也子がいった。 「あら、婚約じゃないの? まだ結婚するかどうか、わからないの」

  4. 「そうか、ぼくは、あの人は何不自由なく育った幸せな人かと思った。そうか、お父さんがおられなかったのか」

  5. その次の日も、同じ時刻、向こう岸に青年を見た。

  6. 「ご機嫌いかがですかな、香也子嬢」