「おいしいわ。とってもおいしいわ」
香也子がいった。テーブルの上には、牛肉とピーマンと地物の筍のいため煮、毛蟹を使ったフーヨーハイ、それに容一の好きな八宝菜、酢ブタなどがいっぱいに並べられている。
「あら、うれしいわ。香也子さんにほめられるなんて」
上気した頬を、章子はおさえた。小山田整は、
「ああ、おいしいだろうよ。香也ちゃんとしてはな」
と、意味ありげに笑った。
「あら、どういうこと? 整さん」
香也子は軽くにらんだ。金井はその香也子をちらりと見、目を伏せて黙々と食べている。
「だってそうだろう。香也ちゃんは何ひとつ手伝わないで、ただ食べているわけだろう。料理ってものは、作った人はおいしくないものさ。なあ、章子ちゃん」
三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 五」