「いま、お兄さん、好きな人ができたらって、おっしゃったわね。じゃ、その好きな人がお兄さんだったら、どうするの」 「え?」

「いま、お兄さん、好きな人ができたらって、おっしゃったわね。じゃ、その好きな人がお兄さんだったら、どうするの」
「え?」
金井は香也子を見た。香也子の必死な目が、金井を見つめている。
「香也子さん、そんなことをいっちゃいけないよ」
「どうして? どうしていけないの?」
「だってぼくには……」
「章子さんがいるというの」
「そうですよ。ぼくには章子さんがいる」
「ねえ、章子さんとわたしとくらべて見て。わたしは章子さんよりもつまらない女?」
「そんなことはありませんよ。あの人はあの人、あなたはあなただ」
「ずるいわ。逃げないで、お兄さん。わたしほんとうにお兄さんが好きなの。好きで好きでたまらないの」
いいながら香也子は、本当に自分は金井が好きなような気がした。このどこかさわやかな金井政夫が、ひどく得がたい男性のように思われてきた。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 四」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 「香也子、お前、お姉さんに久しぶりで会ったんだろう。まず挨拶をしたらどうだ。怒るのはそのあとでもいい。なあ、恵理子」 「香也ちゃん、しばらくね」

  2. 金井はいま、思いきって橋宮容一に、章子との交際を求めたばかりなのだ。

  3. 「式のことだがねえ、金井君」 そんないきさつを知る筈もなく、容一がいった。

  4. 幾折れもの道が木立をぬって頂上へとつづいている。

  5. 「ねえ、わたしたち三人は、水入らずよね。血が通っているんですもの。章子さんや小母さんとは、ちがうわよねえ」

  6. 「香也子よ!」 保子は母のツネにささやいた。