西に行けば、道は下って三百メートルほどむこうの柏林に突きあたる。香也子は東にむかって歩いて行く。道端のチモシーが雨にぬれて光っているのが目をひく。角の家の藤がいま盛りで、小さな紫の滝のようだ。

西に行けば、道は下って三百メートルほどむこうの柏林に突きあたる。香也子は東にむかって歩いて行く。道端のチモシーが雨にぬれて光っているのが目をひく。角の家の藤がいま盛りで、小さな紫の滝のようだ。
道は次第に丘を登って、くもり空の中に果てる。落葉松林が行く手右側に清々しい緑を見せている。この道が、丘の中でも香也子のいちばん好きな道だ。尖った赤い屋根の家、白樺に囲まれた低い家、真っ白な北欧風の家、それらの家々が、ゆるやかな丘の斜面に、箱庭に置かれたように建っている。
こんな道を歩く時の香也子は、四、五歳の童女のような表情だ。何の邪気もない顔だ。香也子はくるりくるりと、両手でこうもり傘をまわす。傘は雨を弾いて四方にちらす。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 三」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 同じ日。橋宮容一は、庭のテーブルでコーヒーを飲みながら、

  2. 菊天で容一に会った時、容一は保子の指に指輪のないのを見ていった。 「買ってやろうか」

  3. 曇った空の下に、郭公の声がしきりにする。 もう十時だというのに、香也子はネグリジェのまま、一時間も前から三面鏡に向かって化粧していた。

  4. 茶席を出た香也子は、桜の木陰にいる祖母と、母の保子を見出した。

  5. 2019(令和元)年 6月18日:オーディオライブラリーがポッドキャストでも楽しめるように

  6. 「ハ、ぼくは章子さんのいいように」 と、金井は容一のほうに頭をさげた。その金井に香也子が何かいおうとした時、整がいった。