ツネの眉が、けわしく上がっている。恵理子はふっと、わが祖母ながら、芝居に出てくる小意地の悪い奥女中を見る感じがして、ツネから目をそらせた。

ツネの眉が、けわしく上がっている。恵理子はふっと、わが祖母ながら、芝居に出てくる小意地の悪い奥女中を見る感じがして、ツネから目をそらせた。
保子も、容一の名が出れば、すぐに顔色を変えるツネの気持ちはのみこんでいる。自分も、容一と別れた当座は、母との生活のほうが、どんなに幸せだろうと思ったことだった。が、十年の歳月が過ぎてみると、保子は、これでよかったのだろうかという思いを、時折抱くようになった。あの時、もう少し自分が我慢をしていたなら、案外いまごろは、幸せな家庭を築いていたのではないかと思ったりもする。
「とにかく、香也子のことなんか、いまさらいいださないでおくれよ。恵理子も、橋宮の家になんか、電話をかけたりしないようにね」
ぴしりといい、笑顔に戻っていった。
「今夜は生鮨を奢ろうかねえ」

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 二」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. イタリヤポプラの下までくると、恵理子はポプラの幹によりかかって、まだ真っ白い大雪山を眺めた。

  2. 「素顔のほうがきれいだよ、香也子」 「まさか」 化粧した顔のほうがきれいだと、香也子は信じきっている。

  3. 八歳のころから、母が家を出て行くまでの二年ほど、香也子は祖母のツネに茶を習ったことがある。

  4. 二十畳の応接間に、いま、橋宮容一と、その妻扶代、そして娘の章子が、英語塾を経営する金井政夫と談笑している。

  5. 恵理子が柄杓を釜にいれた時、青年がいった。

  6. 「ねえ、お姉さん」 残ったコップの水を一息に飲んで、香也子はテーブルに片ひじをおき、身を乗り出すようにしていった。