「おばあちゃん。わたし、お母さんのいうことわかるわ。わたしだって香也ちゃんやお父さんが懐かしいわ」 恵理子が助け舟を出す。

「おばあちゃん。わたし、お母さんのいうことわかるわ。わたしだって香也ちゃんやお父さんが懐かしいわ」
恵理子が助け舟を出す。
「何をいってるの、恵理子。あんたはね、お母さんがどうして橋宮の家を出たか、わかんないだろう」
「わかってるわ。女の人のことでしょう」
「いいや、恵理子はまだわからないの。女にとって、夫に女ができたってことは、死ぬより辛いことなんだよ。わたしはね、おじいちゃんでこりごりしたんだから。男の浮気なんて、一生なおりゃしない。おじいちゃんで、それがよくわかったから、わかれさせたのよ。保子は、わたしといれば、食べるのに困るわけはなし、亭主で苦労することはなし、幸せなもんじゃないか」
ツネにとって、娘の保子と孫の恵理子との三人暮らしは、水入らずで平和そのものだった。この平和な暮らしを、香也子の出現で、こわされたくはないのだ。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 二」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 「おばあちゃんは、お茶の先生でしょ」

  2. 「香也子、お前、お姉さんに久しぶりで会ったんだろう。まず挨拶をしたらどうだ。怒るのはそのあとでもいい。なあ、恵理子」 「香也ちゃん、しばらくね」

  3. ツネの眉が、けわしく上がっている。恵理子はふっと、わが祖母ながら、芝居に出てくる小意地の悪い奥女中を見る感じがして、ツネから目をそらせた。

  4. 子供のように勢いよく走って行く香也子のうしろ姿を、西島広之は微笑して見送った。

  5. 「もしもし、お兄さん? わたしよ。香也子よ」 甘い声を香也子は出す。 「ああ、香也子さんですか。いけませんよ、章子さんのそばで電話をしたりしちゃ」

  6. 青地に白の、水玉模様のこうもり傘をさして、香也子は小雨の外に出た。庭の牡丹がアララギの陰に華やかに咲いている。