「おばあちゃん。わたし、お母さんのいうことわかるわ。わたしだって香也ちゃんやお父さんが懐かしいわ」
恵理子が助け舟を出す。
「何をいってるの、恵理子。あんたはね、お母さんがどうして橋宮の家を出たか、わかんないだろう」
「わかってるわ。女の人のことでしょう」
「いいや、恵理子はまだわからないの。女にとって、夫に女ができたってことは、死ぬより辛いことなんだよ。わたしはね、おじいちゃんでこりごりしたんだから。男の浮気なんて、一生なおりゃしない。おじいちゃんで、それがよくわかったから、わかれさせたのよ。保子は、わたしといれば、食べるのに困るわけはなし、亭主で苦労することはなし、幸せなもんじゃないか」
ツネにとって、娘の保子と孫の恵理子との三人暮らしは、水入らずで平和そのものだった。この平和な暮らしを、香也子の出現で、こわされたくはないのだ。
三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 二」