その時、階段に静かに足音がして恵理子が茶の間にはいってきた。 「あら、もう三時? おばあちゃんお帰りなさい」

その時、階段に静かに足音がして恵理子が茶の間にはいってきた。
「あら、もう三時? おばあちゃんお帰りなさい」
恵理子は畳にすわる。たたみ終わったツネのきものをタンスにいれながら保子がいう。
「ねえ、恵理子、お前香也子をどう思った?」
「どうって?」
突き刺すような激しい視線を自分に向けていた香也子を、恵理子は思い浮かべる。
「あの子はやっぱり、懐かしがってきたんだろうね」
「そりゃあそうでしょう」
懐かしがってくる以外に、どんな気持ちでくるだろう、と恵理子は思う。くるにはきたが、その自分の感情をどう表現してよいか、香也子は戸惑っていたのだと恵理子は思う。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 二」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

関連記事

  1. 容一に手首をぐいぐい引っぱられて、何十メートルか、斜面を降りた扶代と章子は、あっけにとられていた。

  2. クレンジングクリームをガーゼでぬぐい、化粧水をふくませた脱脂綿でごしごし拭いている時、ドアをノックする音が聞こえた。

  3. 西に行けば、道は下って三百メートルほどむこうの柏林に突きあたる。香也子は東にむかって歩いて行く。道端のチモシーが雨にぬれて光っているのが目をひく。角の家の藤がいま盛りで、小さな紫の滝のようだ。

  4. 沢を隔てた向かいの山が、日一日と鮮やかな芽吹きを見せてきている。

  5. 香也子は椅子ごと、ぐいと扶代と章子のほうを向いた。

  6. 「おばあちゃんは、お茶の先生でしょ」