「おとなしいところがいいんだろう。ところで、お前もお茶でも習ったらどうだ」 容一はようやく、いいたかったことをきりだした。

「おとなしいところがいいんだろう。ところで、お前もお茶でも習ったらどうだ」
容一はようやく、いいたかったことをきりだした。
「お茶? そうね、悪くないわね」
香也子は、野点で亭主をつとめていた姉の恵理子の姿を思い浮かべた。
「そうか、習うか。じゃ、藤戸のおばあちゃんのところへでも習いに行ったらどうかね?」
「藤戸の?」
探るように鏡の中から容一を見、
「いやよ、あそこなんか」
切り捨てるようにいう。
「しかしお前、このあいだ、野点に行ったじゃないか。おばあちゃんの茶会だと知って行ったんだろう」
「…………」
「お前だって、たまにはお母さんや恵理子に会いたいんだろう?」
「冗談じゃないわ。会いたくなんかないわ」
「そう強情を張るなよ。お母さんはね、いつでもきてくれって、いっていたよ」
「あら、お母さんに会ったの? そう、お父さん、お母さんに未練が出てきたのね」
「馬鹿をいえ、馬鹿を」
「わかったわ、自分が未練が出たものだから、わたしをダシに使おうと思って……いいわよ。使われてあげてもいいわよ」
「馬鹿をいいなさい」
「お母さんと、もとに戻れば、章子さんたちはこの家を出て行くかもしれないわね」
香也子は小気味よさそうに高笑いをした。

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 一」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. 「おいしいわ。とってもおいしいわ」 香也子がいった。テーブルの上には、牛肉とピーマンと地物の筍のいため煮、毛蟹を使ったフーヨーハイ、それに容一の好きな八宝菜、酢ブタなどがいっぱいに並べられている。

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