「そうね、わたしも料理学校に行こうかな。ね、お父さん、わたし、章子さんより先にお嫁に行きたいわ」

「そうね、わたしも料理学校に行こうかな。ね、お父さん、わたし、章子さんより先にお嫁に行きたいわ」
「嫁に? お前、章子より二つも若いじゃないか」
香也子のいうことは、猫の目のように変わる。
「だってお父さん、お友だちだって、じゃんじゃんお嫁に行っているのよ。行かない人でも同棲してたりさ、土曜日には男の人のところに泊まりに行ったりよ」
「羨ましいか」
「羨ましくないけど、なんだかちょっとくやしいわ。それに、章子さんよりあとにお嫁に行くなんて、わたしいやよ」
いやという言葉に、香也子は強いアクセントを置いた。容一は鏡の中の香也子に、ちょっと目をとめたが、
「じゃ、すぐに相手を探してくるんだね」
と苦笑し、
「お前のその負け嫌いは、誰に似たのかな」
と困ったようにいった。
「だってお父さん、章子さんより後にお嫁に行くなんて、わたしに魅力がないみたいよ」
「それとこれとは別だよ。魅力ある者が、必ず先に行くとはかぎらないよ。ま、章子とお前とをくらべたらお前をかわいいと思うに決まっているじゃないか」
「そうね。わたし、章子さんになんか、ちっとも負けやしないわね」
くるりとふり返って容一を見、ちょっと肩をすくめ、
「ね、お父さん。あの金井って英語の先生、どうかしてるわねえ。章子さんなんかのどこがいいのかしら」

三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 一」

『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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