「素顔のほうがきれいだよ、香也子」
「まさか」
化粧した顔のほうがきれいだと、香也子は信じきっている。
「いやあ、若いお前さんは肌がいいんだ。なにも、べたくたつけて塗りつぶすことはないよ」
「高校生じゃあるまいし……このごろの、少し気のきいた子なら、化粧してるのよ、高校生だって」
と香也子は化粧の手をとめない。
「お父さん、何かご用?」
「用なんかないさ。お前の顔を見たかっただけさ」
香也子はニヤニヤして、
「ほかの男の人にそういわれたのならうれしいけれど、お父さんじゃしようがないな」
と、機嫌がいい。
三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 一」