香也子は、化粧の仕上がった顔を、さっきから鏡に近づけたり離したりして、眺めている。が、どうも気にいらない。眉はもっと細くしたほうがいいような気もするし、口紅はオレンジ系の色にしたほうがよかったように思う。
香也子の目に、十日ほど前に見た姉の恵理子の顔が鮮やかに焼きついている。彫ったような二重瞼、しっとりとした肌、やさしくとおった鼻筋、それらがいやでも目に焼きついている。
あれ以来香也子は、鏡に向かうたびに、恵理子の顔と見くらべるような思いで化粧してきた。が、そのたびに苦い敗北感を味わうのだ。黒い目の輝きは姉には負けないと思う。やや小さめの唇も、薄いが形がよいと思う。が、どこかが姉に及ばない。それが香也子にはくやしいのだ。香也子はクレンジングクリームのふたをとると、人さし指と中指で、たっぷりとそれをすくい、額、頬、鼻、あごに、点々とつけ、思いきりよく化粧を落としはじめた。白いガーゼにべっとりとファウンデーションの色がつく。
三浦綾子『果て遠き丘』「影法師 一」