「あのう、お姉さま」
凞子の傍らに八重は腰をおろした。病状はすっかりおさまり、伝染の危険期は脱したものの、凞子は少し体を離して、
「何でしょう」
「本当は、お姉さまにはまだ内緒だと、お父上さまがおっしゃったのですけれど……」
「何をですか」
「……いいえ、何でもありませぬ」
あわてて八重は、かぶりを横にふった。
「わたくしに内緒のこと?……」
光秀に関することにちがいない。父は遂に破約を申し入れたのではないか。ひと月ののちに迫っている結婚を、そのままずるずるにしておくことは決して出来ないのだ。
「……よいことですのよ。でも、お姉さまは何とおっしゃるでしょうか」
八重は無邪気に凞子を見た。
「さあ? わたくしに内緒のことでしょう。内緒のことにいいようはありません」
「お姉さま、お聞きになりたい?」
よいことと聞けば、知りたくはある。が、今の凞子には、そのよいことさえ知るのは恐ろしくもあった。
「いいえ。内緒のことを伺っては、お父上さまに申し訳がございませんもの」
「でも、お姉さまが黙っていらっしゃれば、教えてさし上げます」
「いいえ、よろしいことよ。お八重、わたくしはお父上さまが仰せになるまで、伺わないことに致します」
「あーら、つまらないこと。わたくしとお父上さまが内緒ごとをしたので、怒っていらっしゃるのですか?」
「いいえ、怒ってなどおりません」
凞子の目がやさしく微笑した。肌はあばたになっても、その整った目鼻立ちには変りはない。それだけに痘痕は一層痛々しくもあった。
三浦綾子『細川ガラシャ夫人』「痘痕(あばた)」