ほうっと、また溜息をついた時、先程の騎馬であろうか。再び地ひびきを立てて塀の外を駈け過ぎて行った。
「いやですこと。またいくさが始まるのでしょうか、お姉さま」
清らかな声がして、妹の八重が母屋から縁伝いに歩いてきた。八重のその白い陶器のような肌に、凞子の視線がちらりと走った。凞子の肌は、これより更になめらかだったのだ。
「若い方たちが、騎馬のおけいこをなさっておられるのでしょう。先程も笑いながら駈けて行かれましたもの」
「それなら、よろしいけれど」
八重は無邪気な笑顔で凞子を見、
「ご気分はよろしゅうございますか、お姉さま」
二歳年下だが、八重は凞子と時折まちがわれるほどに、背丈も顔かたちもよく似ている。腰まで垂れた豊かな黒髪を下くくりし、元結をかけている。
「ありがとう。気分はもうずいぶんよろしいのです。でも……」
ほほえんでいた凞子の目がかげった。
「お輿入れのことがご心配なのでしょう?」
八重は大人っぽい表情になった。
「おことわり申し上げるより仕方がないでしょうけれど……」
「でも、お姉さま。光秀さまががっかりなさるだろうと、お父上さまがおっしゃっておられました」
三浦綾子『細川ガラシャ夫人』「痘痕(あばた)」