凞子はおそるおそる再び頬に手をやった。絹じゅすのような、曾ての肌理細かな頬とは、似ても似つかぬ手ざわりに、凞子は唇をきっとかんだ。
切れ長の黒い目は、庭の三分咲きの桜の花に向けられていたが、花も目に入らない。幼い時から幾度か会った光秀の、落ちついた思慮深げな風貌が目に浮かぶ。見馴れている若い家人たちの荒々しさとは、全くちがった光秀のその静かさに、凞子は心ひかれていた。
しかし、それはもう諦めねばならないのだ。どこの世界に、痘痕のあとも醜い女を、奥方に迎える殿があろう。
三浦綾子『細川ガラシャ夫人』「痘痕(あばた)」