凞子はおそるおそる再び頬に手をやった。絹じゅすのような、曾ての肌理細かな頬とは、似ても似つかぬ手ざわりに、凞子は唇をきっとかんだ。

凞子はおそるおそる再び頬に手をやった。絹じゅすのような、曾ての肌理細かな頬とは、似ても似つかぬ手ざわりに、凞子は唇をきっとかんだ。
切れ長の黒い目は、庭の三分咲きの桜の花に向けられていたが、花も目に入らない。幼い時から幾度か会った光秀の、落ちついた思慮深げな風貌が目に浮かぶ。見馴れている若い家人たちの荒々しさとは、全くちがった光秀のその静かさに、凞子は心ひかれていた。
しかし、それはもう諦めねばならないのだ。どこの世界に、痘痕のあとも醜い女を、奥方に迎える殿があろう。

三浦綾子『細川ガラシャ夫人』「痘痕(あばた)」

『細川ガラシャ夫人』新潮文庫

『細川ガラシャ夫人』(上)小学館電子全集

『細川ガラシャ夫人』(下)小学館電子全集

関連記事

  1. 「その、なんだ。敵がいるんだよ、敵が」 「てきですって?」

  2. 「いま、お兄さん、好きな人ができたらって、おっしゃったわね。じゃ、その好きな人がお兄さんだったら、どうするの」 「え?」

  3. 二人はいつしか頂上に出た。頂上にはテレビ塔があった。

  4. 「式のことだがねえ、金井君」 そんないきさつを知る筈もなく、容一がいった。

  5. 金井が、香也子の両頬を手で挟んだ。そしてそっと唇を近づけようとした時だった。うしろで、けたたましくクラクションが鳴った。

  6. 思わず立ちあがった橋宮容一は、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる香也子に、一瞬弱々しい微笑を向けた。が、香也子は、唇をキュッと閉じ、容一と恵理子を無視して、テーブルに近づいてきた。