凞子はおそるおそる再び頬に手をやった。絹じゅすのような、曾ての肌理細かな頬とは、似ても似つかぬ手ざわりに、凞子は唇をきっとかんだ。

凞子はおそるおそる再び頬に手をやった。絹じゅすのような、曾ての肌理細かな頬とは、似ても似つかぬ手ざわりに、凞子は唇をきっとかんだ。
切れ長の黒い目は、庭の三分咲きの桜の花に向けられていたが、花も目に入らない。幼い時から幾度か会った光秀の、落ちついた思慮深げな風貌が目に浮かぶ。見馴れている若い家人たちの荒々しさとは、全くちがった光秀のその静かさに、凞子は心ひかれていた。
しかし、それはもう諦めねばならないのだ。どこの世界に、痘痕のあとも醜い女を、奥方に迎える殿があろう。

三浦綾子『細川ガラシャ夫人』「痘痕(あばた)」

『細川ガラシャ夫人』新潮文庫

『細川ガラシャ夫人』(上)小学館電子全集

『細川ガラシャ夫人』(下)小学館電子全集

関連記事

  1. 整は今日、章子からの電話を受けて、金井の相伴にやってきたのだった。整の車がバス通りを下って行った時、香也子が金井の車に乗るのを見かけた。

  2. 「やっぱり、馬子にも衣装よ」

  3. 三浦綾子の生涯  難波真実

  4. ふだん香也子は、保子や恵理子の顔など、二度と見たくないといっている。

  5. 章子のボーイフレンドの金井政夫を、今日ははじめてわが家に呼んだのだ。

  6. 「あの、あと二十分ぐらいしたら、おみえになる筈ですけれど」