二月初めのある夕べ、凞子は突如悪寒がしたかと思うと、たちまち高熱を発して床に臥した。

二月初めのある夕べ、凞子は突如悪寒がしたかと思うと、たちまち高熱を発して床に臥した。最初は悪いはやり風邪かと思ったが、それは恐ろしい疱瘡であった。発熱した翌日、紅斑が顔に手足に出て来たため、医者はすぐに庭の一隅にある離室に移すように命じた。頭痛や腰痛に悩まされ、化膿の痛みにもだえ苦しんだのち、一命だけはとりとめた。が、はじめてその頬に手をやった時の驚きと悲しみはいいようもなかった。顔ばかりか、首にも手にも痘痕は残っていた。父母は神に仏にひたすら祈ったが、痘痕は消えるはずもない。
父、妻木勘解由左衛門範凞は、美濃の豪族土岐氏の出である光秀との良縁を諦めることはできなかった。土岐氏の出であるばかりではない。相手の光秀は、その三歳の時既に、万軍の将たる相がありと、さる僧が驚いたというほどで、十八歳とは思われぬ秀れた人物であったからでもある。
とてもこの顔では、嫁入りさせることはできない。といって、光秀との縁組を取り消すのは惜しい。父の範凞が窮余の一策を案じたのも無理からぬことであった。が、その時、まだ凞子は父の考えを知る筈もなかった。

三浦綾子『細川ガラシャ夫人』「痘痕(あばた)」

『細川ガラシャ夫人』新潮文庫

『細川ガラシャ夫人』(上)小学館電子全集

『細川ガラシャ夫人』(下)小学館電子全集

関連記事

  1. 恵理子の着ふるしを、香也子はよく着せられた。

  2. 「だからいったことじゃないか。第一だよ、わしに女ができたからって……そりゃ女をつくることは悪いよ。悪いがねえ、保子、俺だって男だからね。たまにはほかの女にも手を出すさ」

  3. 思わず立ちあがった橋宮容一は、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる香也子に、一瞬弱々しい微笑を向けた。が、香也子は、唇をキュッと閉じ、容一と恵理子を無視して、テーブルに近づいてきた。

  4. 車はいつのまにか、高砂台から観音台につづく、馬の背に似た丘の尾根を走っていた。

  5. 恵理子の立つ、川一つ隔てたこの道には、

  6. 香也子は椅子ごと、ぐいと扶代と章子のほうを向いた。