家人たちが騎馬のけいこをしているのであろう。土塀の外を大声で笑いながら、二、三騎駈けて行く音がした。

家人たちが騎馬のけいこをしているのであろう。土塀の外を大声で笑いながら、二、三騎駈けて行く音がした。
凞子(ひろこ)はいま、病後はじめて、離室(はなれ)の縁にすわり、庭ごしに母屋を眺めていた。うらうらとした春の日ざしが膝にあたたかい。
(あとひと月)
凞子は病みあがりの肩をおとして、ほうっと溜息をついた。
明智城主明智光綱の一子光秀と凞子は、幼い時からの許嫁である。光秀が十八歳になり凞子が十六歳になった今年の正月早々、婚儀の日が決まった。
その婚礼の日がひと月ののちに迫っている。だが凞子の心は重い。病みほそった白い指で、またしても凞子は頬にそっと手をやった。凞子が近づけば、花も恥じて萎むといわれたほどに美しかったのは、既に過去のことなのだ。

三浦綾子『細川ガラシャ夫人』「痘痕(あばた)」

『細川ガラシャ夫人』新潮文庫

『細川ガラシャ夫人』(上)小学館電子全集

『細川ガラシャ夫人』(下)小学館電子全集

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