と、ビールを飲みながら、ふっと笑って、 「いやですねえ。昔の話をむし返して。

と、ビールを飲みながら、ふっと笑って、
「いやですねえ。昔の話をむし返して。わたしが今日あなたにおねがいしたいのは、いままでのことはいままでのこととして、これからは、子供たちは、自由に会えるようにさせたいっていうことなのよ」
「そらや、わしが前からいってることだ。あんたのほうで承知しなかっただけだよ」
「じゃ、とにかくこれからは、香也子をいつでもうちによこしてくださいね」
「ああ、その代わり、恵理子をいつ呼び出してもいいね」
「いいわよ。恵理子も、香也子も、年ごろですからねえ。結婚や何かのことで、わたしに相談したかったり、あなたに相談したかったりすることがあるでしょうから」
ホッとしたように、保子は残りのビールをあおる。その指に、何の指輪もないのを見た容一は、
「何か指輪を上げようかね、あんたにも」
と、ニヤニヤとした。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 十」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. と、丘の上に車が現れた。車は真っすぐに香也子のほうに下ってくる。見覚えのある金井政夫の車だ。

  2. 香也子は、ひとくち汁をすすって、 「あ、そうそう。ね、お父さん。わたしね、あの時ボーイフレンドができたのよ。お茶席で、わたしの隣に正客になった人」

  3. 香也子は再び視線を姉の恵理子に戻した。

  4. 店内はひっそりとして客が二組ほどしかなかった。ま昼のせいだろう。容一、保子、恵理子の三人が、いちばん隅の席に向かい合っていた。 「いい娘になったねえ。まったくいい娘になった」

  5. 「卓球ができれば、立派なもんですよ。わたしは自転車にも乗れない」

  6. 菊天で容一に会った時、容一は保子の指に指輪のないのを見ていった。 「買ってやろうか」