と、ビールを飲みながら、ふっと笑って、
「いやですねえ。昔の話をむし返して。わたしが今日あなたにおねがいしたいのは、いままでのことはいままでのこととして、これからは、子供たちは、自由に会えるようにさせたいっていうことなのよ」
「そらや、わしが前からいってることだ。あんたのほうで承知しなかっただけだよ」
「じゃ、とにかくこれからは、香也子をいつでもうちによこしてくださいね」
「ああ、その代わり、恵理子をいつ呼び出してもいいね」
「いいわよ。恵理子も、香也子も、年ごろですからねえ。結婚や何かのことで、わたしに相談したかったり、あなたに相談したかったりすることがあるでしょうから」
ホッとしたように、保子は残りのビールをあおる。その指に、何の指輪もないのを見た容一は、
「何か指輪を上げようかね、あんたにも」
と、ニヤニヤとした。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 十」
『果て遠き丘』小学館電子全集