「だからいったことじゃないか。第一だよ、わしに女ができたからって……そりゃ女をつくることは悪いよ。悪いがねえ、保子、俺だって男だからね。たまにはほかの女にも手を出すさ」
「それがいやなんですよ。汚らしい」
保子は十年前の顔になる。
「そんなこといってね、お前、一人前の男が、妻君一人守って、一生いるなんて、まずない話だよ、こりゃあ」
「人様はどうでも、何もあなたまでなさらなくたっていいでしょう。人がしてるから、泥棒でも人殺しでもいいっていうんですか」
「極端だよ、お前は」
「ね、あなた、女にとって夫の浮気は何よりいやなのよ。死なれるよりいやなのよ」
「死なれるよりいや?」
「そうよ。どんな女でもそういうわ」
「冷酷なもんだね、女というものは」
「冷酷なのは男ですよ。そんなにいやなのに女をつくる」
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 十」
『果て遠き丘』小学館電子全集