香也子が、本当に生みの母を慕っているかどうか、容一には疑問である。香也子という娘の、本当の心のありどは、父親の容一にもわからない。が、恵理子が自分を懐かしがってくれているということを聞くと、容一は自分の失ったものの大きさを思った。
「それで?」
「それでわたし……本当はあなたとはぷっつり縁を切ったつもりでしたけど……」
「よりを戻してくれるつもりかい」
容一はひざを乗り出した。
「いやな方。そんなんじゃありませんよ」
保子はきれいな眉をひそめて、軽く睨んだが、思わず笑って、
「あなたは気が若いわ。……ね、わたし、親子の関係は、切っても切れないものだと、つくづく思いましたのよ。わたしは別段、香也子が憎くておいてきたのじゃありませんわ。子供は二人で分けようということになったでしょう。だから、わたしにどうしてもついてくるという恵理子を選んだまでで……」
「わしだってそうだよ。恵理子だってわしの子供だからね。時々会わしてほしいと頼んだのに、これは最初から手きびしくことわられた。何という情のこわい話だろうと、これだけは正直恨んだよ」
「ごめんなさい。そりゃ、おばあちゃんにしてみれば、子供にかこつけて、よりを戻されちゃ困るという思いもあったんでしょ。でもね、あれじゃねえ、子供の身になって考えなかったわねえ。それをいまになって気づいたのよ。少し遅すぎるけれど」
深い吐息をついて、保子は容一を見た。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 十」
『果て遠き丘』小学館電子全集