ふだん香也子は、保子や恵理子の顔など、二度と見たくないといっている。それがこのあいだは、自分たちを無理矢理引き立てて、つれて行ったのだ。
実はそのあたりが、ふだんの香也子を知っている容一には納得がいかない。二度と会いたくないというのは、会いたいという反語かもしれない。それなら一人で会いに行けばいいのだ。一人で会いに行くのが気おくれするなら、父親の自分だけつれていけばいいのだ。それを、後妻の扶代やつれ子の章子まで、無理矢理誘って行った。なぜ扶代や章子まで誘って行かねばならなかったか。容一はそのことが気にかかった。単純に、生母の保子や姉の恵理子を懐かしがって行ったのだとは、考えられない。しかし保子には、そうしたことまでわかりはしまい。
「あれからわたし、無性に香也子にすまなくなって……」
それまでは、すまなくなかったのかと、問いたい思いを顔には出さずに容一はいった。
「親が別れりゃあ、子供がかわいそうなもんだ」
「本当よねえ」
と、保子は意外に素直にうなずいて、
「夫婦はお互いの意志で別れても、子供たちはそうではありませんものね。恵理子だって、時々あなたを懐かしがっているし、香也子だって、きっとわたしたちを懐かしがっていると思うのよ」
好きな筈の天ぷらも、それほど手をつけずに、保子はいう。
三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 十」
『果て遠き丘』小学館電子全集