ふだん香也子は、保子や恵理子の顔など、二度と見たくないといっている。

ふだん香也子は、保子や恵理子の顔など、二度と見たくないといっている。それがこのあいだは、自分たちを無理矢理引き立てて、つれて行ったのだ。
実はそのあたりが、ふだんの香也子を知っている容一には納得がいかない。二度と会いたくないというのは、会いたいという反語かもしれない。それなら一人で会いに行けばいいのだ。一人で会いに行くのが気おくれするなら、父親の自分だけつれていけばいいのだ。それを、後妻の扶代やつれ子の章子まで、無理矢理誘って行った。なぜ扶代や章子まで誘って行かねばならなかったか。容一はそのことが気にかかった。単純に、生母の保子や姉の恵理子を懐かしがって行ったのだとは、考えられない。しかし保子には、そうしたことまでわかりはしまい。
「あれからわたし、無性に香也子にすまなくなって……」
それまでは、すまなくなかったのかと、問いたい思いを顔には出さずに容一はいった。
「親が別れりゃあ、子供がかわいそうなもんだ」
「本当よねえ」
と、保子は意外に素直にうなずいて、
「夫婦はお互いの意志で別れても、子供たちはそうではありませんものね。恵理子だって、時々あなたを懐かしがっているし、香也子だって、きっとわたしたちを懐かしがっていると思うのよ」
好きな筈の天ぷらも、それほど手をつけずに、保子はいう。

三浦綾子『果て遠き丘』「春の日 十」
『果て遠き丘』小学館電子全集

オーディオライブラリー『果て遠き丘』朗読:七瀬真結

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  1. その翌日のことだった。保子にいわれて、恵理子はゴミを焼きに外に出た。

  2. 店内はひっそりとして客が二組ほどしかなかった。ま昼のせいだろう。容一、保子、恵理子の三人が、いちばん隅の席に向かい合っていた。 「いい娘になったねえ。まったくいい娘になった」

  3. 恵理子は器用に、スーツの裾をまつっていく。驚くほどの早さであり、驚くほどのうまさである。グリーンのこのスーツの主は、高校時代の友人だ。

  4. 「おとなしいところがいいんだろう。ところで、お前もお茶でも習ったらどうだ」 容一はようやく、いいたかったことをきりだした。

  5. 若葉となったポプラの木立越しに向こう岸を見た恵理子は、淡い失望を感じて再びミシンの前にすわった。

  6. 容一が保子の潔癖性に手を焼いたのは事実だった。